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ある芸人の赤裸裸笑(小)説「ニューヨーク戦記」第6回

コメディ界のマルコムX的現場で熟睡する 中牟田の明日はどっちだ!?

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<前回までのあらすじ>コメディと英語を学ぶため、単身ニューヨークへ修行に来た芸人・中牟田は、ついにコメディクラブ出演を果たし、しかも大受けするという、幸先の良すぎるスタートを切った。
日本でのスキャンダルはいまだくすぶっていたが、そんなことよりアメリカでコメディをやるのに夢中になった彼は、ハーレムのクラブに出演しないかという黒人の友人からの誘いに、何も考えずに乗ったのだった。


 マンハッタンのハーレムというところは、住人のほとんどが黒人で、他人種には立ち入れない空気感とノリが支配する場所だ。中牟田はその地に、コメディクラスで知り合った黒人に誘われて出向くこととなった。彼、Smokyに電話で詳細を聞くも、ニューヨークの黒人アクセントが強すぎて何を言っているのか聴き取れず、語学学校の先生に電話を代わり、通訳してもらいながら話の要領を得なければならなかった。英語を英語で通訳してもらう――黒人英語を教科書英語に、2pacのライムをEXILEのお手軽英語にする作業である。こんなことをしなければ、行く先と依頼内容も判別できないのだ。いくらアメリカ人にネタがウケたとはいえ、前途多難である。

 当日、中牟田は、ジャズをやりにニューヨークへ来た日本人の友達と、待ち合わせ場所の125ストリートのスターバックスに赴いた。街は、肩をイカらせてだらだら歩く黒人たちであふれ、そんな中に、見るからにアジア人観光客風の中牟田と友人が、所在なさげにぽつねんと立っていた。

*****

 スターバックスの横にでっかいキャデラックが着き、クラクションが鳴った。「ナキムータ!」と声を上げ、Smokyとその仲間が車から出てくる。横幅もあって身長も高く、ギャングにしか見えない。中牟田も、「ここでびびった顔をしたらなめられる」と思い、オーバーアクションから、握手を求めた。そうなると今度は、黒人特有の、握手からの拳の叩き合いになるのだが、まったくタイミングを合わせられない。仕方がないので「私は、お辞儀が得意な日本人だ」と言って、ペコペコ頭を下げる。ここでもエスニックありがちギャグで応戦するしかなかった。

 黒人たちもちょっと笑い、「車に乗れ」と言った。若干怖いと思いながらも乗ると、中はヒップホップがガンガン流れ、黒シートで、見えるところはすべて革張りだった。ギャング映画によく出てくるような、バックシートからのハーレムの景色。そのシートに、アジア人2人が肩をすぼめて乗っている。パッと見、拉致られているとしか思えない。そんなことを日本人同士話していたが、ヒップホップにノッて、ハーレムでアメ車を転がしている黒人は、やっぱりサマになっていた。日本のB系やヤンキーたちも黒人のマネをしたがるが、「やはりアジア人はカンフーとか空手使って、ちょこまか動いてなんぼだな」と中牟田は思った。クリス・タッカーとジャッキー・チェンの映画『ラッシュアワー』を見ればそれは一目瞭然だったが、あらためて実感する。というか、あの映画のおかげもあって、黒人のアジア人に対する親近感があるのかな、とも思うのだった。

 車は、怪しげなアフリカンなんとかセンターというビルの前で止まった。アフリカ独特の彫刻や絵がビルの前に置かれており、窓の明かりもところどころ消えているあたりが、奇妙さをさらに演出している。Smokyと仲間がしばらく待っていると、彼らのボスらしい中年の黒人が現れ、彼に連れられて一行はビルの中に入った。自分が黒人と一緒に怪しげなビルに入っていくのが、どうも中牟田には非現実的な気がしてならなかった。胸に去来する、「とんでもないことに巻き込まれたらどうしよう」という一抹の不安。ただ、彼は過去に一度、東南アジアの警察を名乗る集団に拘束された経験があったので、どこかで対処のしようもあるだろうという変な自信はあった。

*****

 階段を1階分上るたびに、首の長い奇妙な人間をかたどったオブジェがこちらをニラんでくる。何しろハーレムの中のアフリカなんとかセンターだ。考えようによっては、黒人原理主義者的な人たちがわんさか集まっている可能性だってある。

「そこになぜアジア人の自分が?」

 そんな疑問と不条理感に苛まれながらも、中牟田は最上階の部屋に入った。ボスが部屋の奥に陣取って、世間話を始めた。どうやら彼もコメディアンらしい。Smokyが中牟田のことを紹介し、ボスも笑っている。怖い思いはしなくて済みそうだ、と中牟田は判断した。

 10分ほどすると、若い黒人たちがその部屋に集まってきだした。パリッとした服装のヤツもいれば、ケツでズボンをはいているようなB系ファッションのヤツもいる。誰かが来るたびに、握手からのハーフハグが繰り返される。そしてひとしきり人が集まってから、ボスが話しだした。中牟田には、何を話しているのかほとんど聴き取れなかったが、出てくる単語や口調から、何かをやたら熱く訴えていることは理解できた。しまいには、ボスの知り合いのファイナンシャルプランナーと電話をつないで話をしている。周りの黒人は、みな真剣に聞いていた。

 だが中牟田は、だんだんラジオをぼやっと聴いているような気持ちになり、睡魔が猛烈に襲ってきて、まぶたを上げようにも上げられない事態に陥ってしまう。そして、とうとう彼は完全に居眠りを始めてしまったのだった。

「イエー!」という大きな声で彼は、ハーレムのアフリカなんとかセンターにいる自分に引き戻された。後になって同行した友人に聞いたところ、どうやらその日は、ハーレムを活動拠点にしている黒人コメディアンがたくさん集まって、彼らがハーレム以外の場所で舞台に立つときに、白人のマネージャーからギャラ絡みで差別をされていることに憤っていたらしい。「白人とは明らかな格差のある配当で、黒人をなめている」というような趣旨で、彼らはもっと結束して、ファイナンシャルのことにも明るくなって、

 白人の横暴を止めなければいけない、という内容だったそうだ。中牟田たちはアジア人だから、同じマイノリティとして参加させた――というか、「大人の話の場に子ども連れてきちゃったけど、どうせわかんねぇだろうから黙って聞かせとけ」みたいなおミソ的参加だったが、ともかくそんなコメディ界のマルコムX的なシリアスシーンとはつゆ知らず、彼は居眠りをこいていたわけで、そして皆が士気を上げて叫んだときに、やっと目を覚ましたのだ。Smokyがバツの悪そうな顔で彼を見ていたのは言うまでもない。

 そして集会が終わり、中牟田たちは再びキャデラックに乗せられた。あたりは完全に暗くなり、反比例するかのようにハーレムの街が熱を帯びてくる。通りには、よたっている黒人がたくさん歩いている。すぐにレストランの横で降ろされ、中に入るように言われた。

 中ではソウルナンバーが流れて、黒人女性がたくさんいる。その中に、ひょろひょろのアジア人が2人入っていくのだ。中牟田は、周りからの視線を痛いくらいに感じた。MCが出てきてジョークを飛ばし、黒人女性が体を大きく揺らして笑っている。日本なら芸人はバラエティ番組のひな壇にたくさんいて、そこで皆で笑いを取るのがひとつの様式美になっているが、そんなものではない。ひとりマグニチュード8・5状態である。

 コメディショーはすでに始まっていたようだった。最初のコメディアンは、ラップをしながらジョークを言う。だがしかし、ジョークよりも、異常にラップがうまい。おもしろいおもしろくないは別にして、それは中牟田には絶対にできない技術で、純粋に感嘆したのだった。

「次はナキムータの番だ!」と、Smokyが言った。いよいよこの場で、漫談をやらなければいけないのだ。

 マーチン・ルーサー・キングJr.な場所で、黒人の黒人による黒人のためのコメディショーに、東京都武蔵村山市出身・中流家庭まっしぐらで育ってきたリアル日本人が、出撃しなければいけなくなった。今、中牟田には、予想のつかない未来に、足を踏み入れる瞬間が近づいている。彼が求めていた、スリル満点の戦場が目の前にある。

 日本で芸能活動をいったん休止して、ここに来た甲斐をひしひし感じていた。「ナカムータ!」と呼ばれて、ステージに上がる。客の黒人女性は、一瞬、互いに顔を見合わせた。究極の異次元体験に突入できる。ただただ、気持ちがすこぶる冴えていた。 <続く>

 ※この小説はフィクションです......ということにしておいてください。


ながい・ひでかず
お笑い芸人。07年9月、突如およそ1年間に及ぶニューヨーク武者修行へ。現地にて「ガチで笑いの取れる、数少ない日本人」との高い評価を得て帰ってくる一方で、私生活では女性問題が原因となって嫁に逃げられ、世間様から「ダメ人間」のレッテルを貼られる。


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