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重要性は誰がはかるのか?

新聞報道に吹きつける激変の嵐 情報源の明記は本当に必要か?

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MEMO情報源の明記
裁判員制度の導入に伴う、特に新聞メディアの報道姿勢の変化のひとつ。「メディア報道が一般市民である裁判員に予断を与えないため」、との名目で司法当局がマスコミ各社に要請したことを受け、その情報が「誰からのものなのか」を明記しようとするもの。

 5月21日、一般市民が刑事裁判に参加する裁判員制度が、ついにスタートを切った。すでに同制度の対象となる事件の起訴も行われており、7月末以降、一般市民が被告人に対して有罪・無罪の判断や量刑を決めることになる。

 これに伴い、すでに新聞やテレビなどのマスコミ報道のあり方が変化しているのは、本誌4月号で報じた通り。その中でも特に大きな変化は、ニュースソース(情報源)の明記化。これまでは単に「○○新聞の取材でわかった」などとしていたのを、「○○署が発表した」や「警視庁が明らかにした」などと、どこから得た情報なのかをはっきりと書くように改めている。これは、「裁判員に予断を与えないよう」という司法当局の要請に従い、例えば刑事事件においては、警察発表にすぎないのか被疑者の主張なのかが読者に歴然とわかるようにしたもの。これに対してマスコミ側も、「国からの圧力による変化とはいえ、情報の出所が明示されるようになることでニュースの信頼性が増す」(大手紙社会部デスク)と歓迎する向きは多いのだ。

 しかし、取材現場を日夜走り回る第一線の記者からは、「やりにくいったらありゃしない。これでは取材相手からちゃんと話を聞けなくなる」(全国紙社会部若手記者)との嘆き声が聞こえてくる。

「警察官など公務員は、マスコミに内部事情などを話せば法律違反で立件される恐れもあるだけに、取材源の秘匿は報道機関にとっても最も重要なこと。話を聞いた人物が組織内で特定されないように、できる限り出所がわからないようにぼかした書き方をするよう慎重を期している。それが『○○署が明らかにした』なんて書き方をすれば、実名こそ書いていなくても、『一体誰がしゃべったんだ!』と署内で犯人捜しが始まるのは目に見えている。今までみたいに『〜がわかった』という表現であれば『県警本部や検察が漏らしたんじゃないですか』という"逃げ"も打てたけど、これからは、取材協力者を獲得するのが本当に大変になるのでは」(同)

 しかし、こういった現場記者の苦悩に対しては、「米国マスコミはソースを基本的に明記するのが当たり前で、日本の報道がアバウトすぎた」(フリージャーナリスト)という指摘もある。ただしこれに対しても前出の若手記者は、「米国でも政治や経済報道はソースを明記するのが基本だが、事件記事ではぼかすことも一般的。さらにイギリスなど欧州マスコミでは、重要なことを報じるためであれば、ソースをぼかすことなど少しも厭わない」と反論する。また、全国紙のベテラン記者も、「ソース明記にこだわりすぎることで情報が出てきにくくなり、結果、役所や企業の"公式見解"だけに報道が左右されることが増えるのでは」と懸念を示し、こうした報道ガイドラインを策定したマスコミ側の狙いについても、「マスコミ訴訟が相次ぐ中、ソースを明記することで『ちゃんと取材している』ことをアピールし、少しでも訴訟リスクを減少させる狙いがあるのではないか」と、マスコミの"事なかれ主義"を指摘するのだ。

 裁判員に予断を抱かせないためのマスコミ報道の変化が、かえって役所・警察など権力者サイドを利する結果になるのでは元も子もない。ことさらソースの明記だけを金科玉条とするこの報道姿勢の変化、はたしてジャーナリズムにとって本当にいいことなのかどうかは、おおいに微妙なところのようである。
(編集部)

日本文化にそぐわない?

「"みんな"言ってるよ」などの曖昧な物言いに端的に表れているように、そもそも日本人は、「誰が発言の主体なのか」をぼかしたがる傾向が強く、欧米型の自己主張型社会とは馴染みが薄い。ことさらソースの明記だけを金科玉条とするこの報道姿勢の変化に対しては、「はたして日本文化に馴染むのかどうか」という声も上がっている。

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