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今年は『ワンダーウーマン』や『ムーンライト』といった、これまでハリウッドの主役には到底なれなかった女性や黒人ゲイなどのマイノリティが活躍する映画が多く公開されたが、実はそこにはある種の権力が行使されていた? そんなハリウッドにおける変化を、男性ジェンダー研究家の國友万裕氏が分析する!

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『ムーンライト』(TCエンタテインメント)

 ハリウッドを代表する大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによる、数々のセクハラが明るみになったことから端を発し、ハリウッドでは今、女優たちが戦いを開始しています。今年の夏に公開された『ワンダーウーマン』(2017年)の主演女優ガル・ガドットは、複数の女性からセクハラを告発されたブレット・ラトナーを製作陣から締め出さない限り、続編から降板すると配給元に要求するなど、映画で演じたワンダーウーマンさながら、これまで男たちに虐げられてきた女性を代表して、その欺瞞に立ち向かおうとしているのです。

 また、『ワンダーウーマン』のほかにも今年公開された映画は、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(17年)や『アトミック・ブロンド』(17年)など、女性が悪に立ち向かう物語ばかり。こうしたハリウッド映画における女性の役変わりが目立つ一方で、実は男性ジェンダー表象も年を追うごとに変化しています。2000年以降に製作された映画を中心に、説明していきましょう。

 まず、2000年に公開された『8マイル』。この映画はヒップホップMCであるエミネムの自伝的な映画として知られていますが、同時にこれまでハリウッドで描かれることのなかった、“弱者男性”の問題を取り上げた作品です。一例を挙げますと、この映画のクライマックスであるラップバトルの場面で、エミネム扮する主人公ラビットは、自分はホワイトトラッシュであり、トレーラーハウスで母親と暮らし、黒人に殴られ、黒人に彼女を寝取られた男だと訴えます。一方、対戦相手のパパ・ドクは黒人とはいっても、上品な私立学校の出身であるお坊ちゃんだということを暴露され、負けを認めざるを得なくなります。「俺のほうがお前よりも社会の犠牲者だ」と激しく訴えることで、逆説的にラビットはラップバトルに勝利するのです。

 これは「被害者・弱者の権力」の行使と言っていいでしょう。被害者・弱者というのはある種の権力者なのです。ところが、男の場合は“男”というプライドが邪魔をして、なかなか、被害者・弱者であることを訴えることができません。男である以上は恵まれない境遇にあっても、それを跳ね返すくらいの克己心や努力が必要であるという意識はまだまだ根強いのです。

 しかし、この場面のエミネムはなんとカッコ良かったことか! それまでの男たちができなかったことをやってのけた開拓者――被害者・弱者のカリスマに見えてくるからです。男性学の文脈では、しばしば男が男らしさの鎧を脱ぎ捨てて楽に生きようという「脱鎧論」が用いられてきましたが、この作品のエミネムのように被害者の権力を行使するのは同時に、「男らしさを捨てる」ということにもつながるため、非常に勇気のいることなのです。

 そのため『8マイル』は1970年代から始まった、男性に対する差別を撤廃する思想や運動などを表す、「マスキュリズム」の影響を受けた映画といっていいでしょう。女性が主人公のメロドラマは、男性との関係性に苦悩する女性の話ですが、男性メロドラマの場合は映画研究者の加藤幹郎氏が『映画ジャンル論』(文遊社)の中でも指摘しているように、男社会に適応できない、男の規範に合わせることのできない苦悩がテーマとなります。それをはっきりと言葉にする映画が登場したことは、マスキュリズム的に考えれば、長足の進歩といえるでしょう。

 しかし、『8マイル』からすでに17年の年月が流れています。いつまでも、被害者でいることはできません。『8マイル』以降、アメリカ映画は新たな男性の生き方を模索することになります。

 00年代以降、同性愛版のロミオとジュリエットともいうべき『ブロークバックマウンテン』(05年)、セックス体験がない男が主人公の『40歳の童貞男』(05年)、人形に恋する男を描いた『ラースと、その彼女』(07年)、コンピューターのオペレーティングシステムの声に恋する男を描く『her』(13年)……アーノルド・シュワルツェネッガーやシルベスター・スタローンの筋肉映画が全盛だった80年代だったら、異常な目で見られていた男たちが大手を振って主人公となる時代がやってきました。どんどん、男のロールモデルを増やしていく、多様性を広げていくことで、男たちの生きる選択肢を増やすことがこれからは求められているのです。

 そして、今年『ムーンライト』がアカデミー賞作品賞を受賞したことは、「多様性の時代」の幕開けを思わせる事件でした。アカデミー賞の歴史の中で、ゲイが主人公の映画が作品賞に選ばれることはこれまでなかったのです。先に挙げた『ブロークバックマウンテン』は本命視されながら作品賞を逃し、「ゲイ差別」と騒がれたものでした。したがって、オープンにゲイを主人公にした映画が作品賞というのは初めてです。しかも『ムーンライト』の場合は、黒人でゲイ。二重の差別ということになります。

 この映画の優れているところは、『ブロークバックマウンテン』のような、同性愛であるがゆえの悲恋ものというのではなく、白人や異性愛者にもつながる普遍的な男の成長ドラマに仕上がっているところです。この映画で描かれるのは男性に普遍的な問題、少年期の親との葛藤、学校でのいじめ、メンターとなってくれそうな父親的人物との出会い、性の悩みなど、男子が成長していくドラマには必ず出てくるテーマであり、決して黒人やゲイ男性に限ったことではありません。映画自体も彼がゲイであることを、ことさらに強調したりはしていません。黒人やゲイであることは悩みだけど、それが特別な悩みという描き方はしていないのです。したがって、白人異性愛男性であっても感情移入できる内容となっているわけです。

 人種もセクシュアリティも、たくさんあるその人の個性のひとつとしてしまえば、それは特別なものではない。同作は苦悩する男の半生を詩情豊かに描いているところが賞賛される映画であり、人種やセクシュアリティの問題を訴えるという映画ではないのです。

 ほかにも、今年のアカデミー賞主演男優賞を獲得した、ケイシー・アフレック主演の『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は、地元に戻って甥の子育てをせざるを得なくなる男の話です。子育てにかまけるのは従来、女性の役割とされ、70年代に社会現象ともなった『クレイマー、クレイマー』(79年)など、かつてはジェンダー的な視点から、男の子育てが描かれていました。しかし、この映画では、ジェンダーの問題には触れていません。

 また、『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』(17年)は、妻を交通事故で亡くした男の話ですが、注目したいのは、彼が朝起きて、仕事への身支度をする場面で胸毛や腹の毛を剃る場面が挿入されるところです。これも昔だったら、考えられないこと。男がエステをすることも、今となってはさりげないことになってしまっていることが垣間見えてきます。

 これには、フェミニズムやジェンダーの論争の時代を経て、男たちが女性的なことをすることに違和感を抱かなくなってきていることがうかがえます。“男らしい”というのは虚勢を張っているだけのことで、強いわけではありません。自分の弱い面や女性的な側面も見せられる男のほうが、自分に忠実であり、自己肯定ができているのです。

 こうして前述の90年代に提唱された脱鎧論を実行するかのように、男たちが従来の“男性ジェンダー”という拘束から解放されて、自由に自分のアイデンティティを選択するようになったことは、歓迎すべき成長でしょう。

 その一方で今年、2度のアカデミー賞に輝くケヴィン・スペイシーが、当時まだ14歳だった俳優のアンソニー・ラップに、性的暴行を加えようとしたことが発覚しました。スペイシーは謝罪しますが、彼は同時に自分がゲイであることをカミングアウトしたのです。

 彼は自らをゲイと公表することで、世間から同情してもらおうと考えたのですが、ご存じの通り「性的暴行の批判をそらすための論点のすり替え」と非難されました。つまり、被害者の権力を悪用したのですが、失敗してしまったわけですね。

 もし、件の性的暴行が明らかになっていなければ、LGBT解放が叫ばれている昨今ですから、大スターのカミングアウトは歓迎されていたでしょう。ただ、そこには明確に被害者がいます。いくら、マイノリティが被害者の権力を行使しようとも、その権力を自身の犯した罪を無効にするために使うことは許されず、彼は今、輝かしいキャリアから一気に転落し、役者生命の危機にさらされています。

 ハリウッド従来のマッチョイズムから、『8マイル』をきっかけに男たちは被害者の権力を行使していき、あらゆる“男”が存在しても良い多様化の時代へと移りました。だからといって、スペイシーのように、その権力をおおっぴらに行使する時代ではありません。

 今はどちらかを被害者・加害者と決めつけるのではなく、お互いが権力を行使しあっているというのを、認識することが求められる時代に変わっているのです。

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『BL時代の男子学~21世紀のハリウッド映画に見るブロマンス~』(SCREEN新書)

國友万裕(くにとも・かずひろ)
京都大学・同志社大学・龍谷大学・京都女子大学・京都外国語大学などで、非常勤講師を勤める。専門は男性ジェンダーの立場から見た映画の分析。著書に『マッチョになりたい!? 世紀末ハリウッド映画の男性イメージ』(彩流社)や『BL時代の男子学~21世紀のハリウッド映画に見るブロマンス~』(近代映画社)などがある。

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