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町山智浩の「映画がわかる アメリカがわかる」 第21回

悲劇を映してしまった親友の遺児へのビデオ

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【今月の映画】

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『親愛なるザカリー(Dear Zachary)』
監督のカート・クインは、親友の遺児であるザカリーのためにこのビデオを撮り始めた。つまり、これはザカリーのためだけに撮り始められたプライベート・ビデオだった。しかし、それが結果的に一般の映画として公開される事態になってしまった裏には、信じられないような悲劇があった。 監督/カート・クイン(アメリカで2008年公開、日本での公開は未定)

「親愛なるザカリーくんへ」

ドキュメンタリー映画『親愛なるザカリー』は、ザカリーという名の男の子の赤ちゃんの笑顔と、監督のカート・クインによる挨拶で始まる。

「君が生まれてきたとき、君のお父さんはもういなかった。だから、お父さんを知ってもらうために、このビデオを作った。大きくなったら見てほしいんだ」

『親愛なるザカリー』は、監督が親友の遺児のために作ったプライベート・ビデオだった。それがなぜ、映画として一般に公開されることになったのだろうか?

「ザカリーくん、僕は君のお父さんのアンドリューと小学校から高校までずっと一緒だったんだ。僕は子どもの頃からアマチュア映画を山ほど撮ったんだけど、全部、君のお父さんが必ず出演してるんだ」

 古い8ミリのフィルムの中で笑うアンドリューは『スクール・オブ・ロック』のジャック・ブラックそっくり!チビでデブだけど茶目っ気たっぷりの目、永遠のワンパク小僧。そしてザカリーは父に生き写しだ。

「お父さんがどれだけいい奴だったのか、君のお父さんをよく知る人たちに語ってもらうことにした」

 カート監督はビデオ撮影の旅に出る。少年時代を過ごしたカリフォルニアの悪ガキ仲間、セントルイスに住む父方のいとこ、イギリスに住む母方のいとこ、医学を学んだカナダのニューファウンドランド島の学友たち、外科医として働いたペンシルヴェニアの病院の同僚たち。

『親愛なるザカリー』はここで突然、闇へと転げ落ちる。この病院近くの公園で、アンドリュー(当時28歳)は射殺死体で発見されたのだ。

 警察はすぐに犯人を特定した。アンドリューのストーカーだった医師シャーリー・ターナーだ。2人は同じ医大の学友だった。シャーリーは40歳のバツ2で、3人の子持ちだったが、アンドリューは同情もあってしばらく付き合ったらしい。

 しかし、シャーリーは前の夫2人にも妊娠を楯に無理やり結婚を迫り、夫が逃げ出すと脅迫や自殺未遂を繰り返す女性だった。アンドリューも結局逃げ出すが、シャーリーは彼を追い回し、あげくに射殺した。警察に拳銃を発見されたシャーリーは「わたしが彼に貸したのよ。それで自殺したんでしょう」とシラを切った。アンドリューは顔面や尻を5発も撃たれていたのに!

 シャーリーは故郷ニューファウンドランドで拘束された。驚いたことに彼女は妊娠していた。アンドリューの子だった。

 そう、ザカリーの母は、父を殺した犯人なのだ。

 アンドリューの両親は一人息子を失って絶望して自殺を考えていたが、孫が生まれると知って、仕事も家も何もかも捨ててカナダに移住した。ザカリーの親権を得るために。

 シャーリーが刑に服せばザカリーの親権は自動的に祖父母のものになる。

 しかしカナダの司法はすぐに彼女をアメリカに引き渡さなかった。決定は1年以上引き延ばされ、その間にザカリーが生まれた。さらにシャーリーの弁護士と精神鑑定士は「再犯の可能性なし」という理由で一時保釈を要求し、馬鹿げたことに判事はそれを認めてしまったのだ! 保釈金は精神鑑定士が提供した。

 かくして、アンドリューの祖父母はシャーリーと一緒にザカリーを育てる羽目になった。『親愛なるザカリー』には、3人がザカリーの1歳の誕生日を祝ったり、庭や公園やプールで遊ぶ映像が収録されている。知らない人が見たら幸せそうな家族だが、祖父デイヴの心は「息子を殺した女と手が触れ合うだけで腹わたが捻られる思いだった」と言う。デイヴたちはシャーリーから生活費がないと泣きつかれて、金まで与えた。自分たちは月4万円の安アパートに暮らしているのに。

 そんな地獄もついに終わる。やっとカナダの裁判所はシャーリーの引き渡し決定に動き始めた。

 しかし、彼女は失踪した。ザカリーを連れて。そして「再犯の可能性なし」のはずのシャーリーはまた殺人を犯した。すべては最悪の結果に終わった。

「性質が暴力的」と精神鑑定されたように、シャーリーは典型的な人格障害、いわゆるサイコパスだった。他人に共感できず、罪悪感や責任感がなく、慢性的な嘘つきで口がうまい。精神病ではない。あくまで「性格」だ。それを予防拘禁しろとは言わない。しかし、実際に殺人を犯してしまったなら、拘禁しなければ法治国家の意味がない。

 弁護士や精神科医は犯罪者の人権を守るためにほかの人の人権を侵害する可能性を作るべきではない。

 それを訴えるために『親愛なるザカリー』は一般に公開された。最後の希望まで打ち砕かれたザカリーの祖父母だが、同じ立場の遺族たちと連帯し、カナダとアメリカにおける犯罪者の無闇な保釈を規制する法改正を求めて戦っている。

まちやま・ともひろ
サンフランシスコ郊外在住。『〈映画の見方〉がわかる本』(洋泉社)など著書多数。TOKYO MXテレビ(日曜日23時〜)にて、『松嶋×町山 未公開映画を観るTV』が放送中。tomomachi@hotmail.com


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