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町山智浩の「映画がわかる アメリカがわかる」 第17回

米国民が待ち続けた大統領の謝罪の言葉

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【今月の映画】

『フロスト×ニクソン』
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(C)2008 Universal Studios. All RIGHTS RESERVED 政界復帰を狙う元大統領リチャード・ニクソンから"謝罪"を引き出すことで、全米進出を狙うテレビ司会者デビッド・フロスト。77年、4500万人の国民が見守る中、2人の対決による伝説のインタビュー番組が生まれようとしていた......! 本年度アカデミー賞作品賞をはじめ、主要5部門にノミネートされた話題作。
監督/ロン・ハワード 脚本/ピーター・モーガン 出演/フランク・ランジェラ、マイケル・シーンほか 配給/東宝東和 3月28日より、TOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー

 1月20日、オバマ新大統領の就任式。前大統領ジョージ・W・ブッシュを乗せたヘリコプターが飛び立つと、群衆は「ヘイヘイヘイ、グッバイ」と、野球でKOされてマウンドから降りるアウェイの投手を揶揄する歌で見送った。

 34年前、同じように国民の憎悪を浴びながらヘリでホワイトハウスを去った大統領がいた。リチャード・ニクソンである。

 1974年、ニクソン大統領がワシントンにあるウォーターゲート・ビルの民主党本部を盗聴しようとしたことが発覚した。さらに彼はFBIに圧力をかけて捜査を妨害し、補佐官に盗聴を命令する電話のテープを消去した。民主党は弾劾を要求したが、ニクソンは自ら職を辞し、最後まで謝罪しなかった。しかも後任のフォードから特赦を受けたので、法廷でニクソンを裁くチャンスも消えた。アメリカ国民はどうしても納得できず、モヤモヤした気持ちを抱え続けた。

 それから3年後、ニクソンからついにアメリカ国民に対する詫びの言葉を勝ち取った男がいた。イギリス人テレビキャスター、デビッド・フロストである。彼と元大統領との丁々発止の戦いを描いた映画『フロスト×ニクソン』が、全米で公開された。

 フロストはもともと政治にはそれほど興味のない、奥様番組の司会者だった。アメリカのテレビにキャスターとして売り込みをかけたが、「ただのタレントだろ?」と相手にされなかった。そこで、ニクソンのインタビューに一発逆転をかけたのだ。

 CBSテレビもニクソンにインタビューを申し込んでいた。ニクソンは恩給を受け取れず金に困っていたので、両者を競り合わせた。結果、フロストは自分で莫大な借金をして、60万ドル(現在の数億円に相当)を提示してCBSに競り勝った。

 アメリカの視聴者が見たいものは、ただひとつ。ニクソンがウォーターゲート事件について懺悔し、謝罪する瞬間だ。その映像が撮れなければインタビューはどこのテレビ局にも売れず、フロストは破産する。

 ニクソンがインタビューを受けたのは、金のためだけではなかった。ここできっちり弁明して汚名をすすぎ、共和党の重鎮として政界に返り咲きたい。

 インタビューは毎日2時間ずつ4日間で合計8時間だが、ニクソンはウォーターゲートに関する質問は2時間だけ、という条件をつけてきた。

 最初の3日間、ニクソンはひとつの質問に対してダラダラと適当なことを話し続けて時間を稼ぎ、フロストに質問する隙を与えなかった。これで謝罪を引き出すことなどできるのか?

『フロスト×ニクソン』は舞台劇の映画化で、主役2人は舞台版も映画版も同じ。ニクソン役のフランク・ランジェラは本物よりもはるかにハンサムでダンディだが、だからこそ強敵としてドラマにサスペンスを与える。フロスト役のマイケル・シーンは、『クィーン』でブレア首相を演じた童顔の演技派。シナリオも『クィーン』のピーター・モーガン。

 フロストがニクソンから謝罪を引き出し、この成功をきっかけにサーの称号を得るほどの大ジャーナリストへと出世したことは歴史的事実。結末は明白な上に、インタビューの内容は書き換えられない(DVDで発売されている)。この縛りの多い題材を、「静かなる決闘」へと盛り上げるため、モーガンはいくつかのフィクションを加えている。中でも、夜中に酔っ払ったニクソンが突然フロストに電話をかけるシーンは完全に捏造。劇映画で何を創作しても自由とはいえ、映画だけを見た人は事実だと信じてしまうだろうから、ちと問題だ。『クィーン』でダイアナ妃の死に対するエリザベス女王の心境を勝手に想像しまくって2時間のドラマを作ったことに比べると罪は軽いが。

 しかし、「元大統領を謝らせる!」だけの話が全米1000館以上で大公開されたのは驚き。やはりニクソン以下の支持率を記録したブッシュが、まだ謝っていないからだろう。

 去年12月、ABCテレビのキャスター、チャーリー・ギブソンが任期終了間際のブッシュに単独インタビューした。ギブソンは当然フロストのニクソン・インタビューを知っているから、かなりストレートにブッシュから反省の言葉を引き出そうとした。たとえば「イラクに攻め込んで後悔していませんか?」と。でもブッシュは「あれは情報が間違っていたせい」と責任転嫁するだけ。「大統領の8年間を総括すると?」という質問にもブッシュは「楽しかったよ」と答えて、ギブソンを呆れさせた。勝てない戦争を起こして何万人も死なせた上に、世界経済までダメにしておいて、楽しかっただって?

「歴史的にあなたは、どう評価されると思いますか?」と聞かれても、「気にしない。歴史になる頃には死んでるし」と実に無責任な答え。がっかりした「ローリングストーン」誌は、代わりにブッシュの一人称で謝罪記者会見を創作した。ニクソンのほうが反省しただけ、はるかに立派だったね。


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