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萱野稔人と巡る超・人間学【第43回】

AIが照らし出す人間の言語能力の謎

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――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

生成AIが言葉を操る時代に浮かぶ「人間の言語能力」の謎。小さな子どもが言語を獲得できてしまうのはなぜか。AIと人間の言語獲得の安易な同一視を批判的に考察する心理言語学者と語り合う。

今月のゲスト
折田奈甫[早稲田大学 理工学術院 准教授]

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言葉を話し始める1歳半〜2歳くらいの幼児(写真/Getty Images)

萱野 最近の生成AIでは本当に人間と対話しているかのようなやりとりが可能になりました。ただ生成AIには大量のデータの学習が必要になります。これは人間による母語の習得とは大きく異なる点です。人間は生成AIが必要とするデータ量とは比べものにならないほど少ない情報から母語を習得していきます。そこから見えてくる人間の言語能力とはどのようなものなのか。この点をめぐって、今回は心理言語学者であり、『言語能力は人工知能で解明できるか』の編者である折田奈甫さんにお話を伺いたいと思います。まず折田さんがこの書籍を発表した問題意識とはどのようなものだったのかを教えていただけますでしょうか。

折田 私はもともと母語獲得の実験や話者の言葉の選択を数理モデルで形式化する研究などに取り組んできました。最近「生成AIがこれだけ言葉を使えるのだから、子どもも生成AIと同じように言葉を学習しているはずだ」という見方が研究者にも広がっていますが、これまでの母語獲得研究の蓄積から考えると、そうした見方には違和感を感じざるをえませんでした。このような問題意識から始めた連載が、結果的に『言語能力は人工知能で解明できるか』という書籍になりました。今は社会的なバイアスが言語理解に与える影響について研究をしていますが、人間の言語と生成AIを比較する議論にはこれまでの経緯から強い関心があります。

膨大なデータのAIと数回の経験で学ぶ子どもの違い

萱野 では、生成AIと比べると人間の母語獲得にはどんな特徴があるといえるでしょうか。

折田 その点はAIと比較すると、違いがわかりやすいかと思います。現在の大規模言語モデルは人間が一生かかっても処理できない膨大なテキストデータで訓練されています。また、現在の大規模言語モデルの主流であるTransformerという仕組みでは、モデルは文全体を同時に見渡し並列に処理します。人間は2単語でさえ意味的に関連がなければ並列に処理することが難しいくらいなのに。さらにいえば、ニューラルネットワークモデルが人間の脳のモデルとはなりえないことは生物学の分野でも指摘されています。最近では、子どもの視点映像と養育者の発話データをペアにして機械学習モデル(AI)に学習させると、子どもと同じように言葉を学べた、という研究も出ていますが、これに対しても多くの点で疑問を感じます。たとえば、子どもが養育者と同じ対象に注意を向ける「共同注視」などの社会認知能力が考慮されていません。つまり、AIが子どもと同じインプットに触れて学習するといっても、そのデータ自体、子ども側の認知能力という“下駄”をはいて生まれたものなのです。テストされた言葉を子どもはすでに知っていたという可能性も排除できていないし、データの前処理もされていて、チートではないかと思いました。

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