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精神異学~忘れられた治療法~【10】

【精神科医・岩波明】北九州監禁殺人事件でも利用! いまは安全な「電撃療法」の正体

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[語句解説]「電気ショック療法」

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頭部に電極を当て、通電することによって人為的にけいれん発作を引き起こすもの。統合失調症における興奮状態や、希死念慮が強い重度のうつ病に対して有効だが、そのメカニズムは未解明。現在では麻酔科医の管理のもと、筋弛緩薬を投与して行われる「無けいれん法」が主流となっているが、過去には、暴力的な患者に対する懲罰的な意味合いで用いられることもあった。


 電気ショック療法は、一般の方にはあまりなじみはないかもしれません。あるいは、この療法は治療方法というよりも「懲罰」のイメージが強く、何か恐ろしいものというイメージを持っている人も多いことでしょう。そもそも「けいれん発作」というものは、てんかんをはじめとしてなんらかの疾患の症状であり、これを人為的に起こすことによって治療効果を得るという考え方には違和感を感じる。そのような人は、専門家の中にも少なくないようです。

 実際、過去の時代においては(あるいは現在も)、電気ショックは拷問や刑罰の手段として用いられてきました。映画やテレビドラマの中では、電気ショックによる拷問シーンがたびたび登場します。

 1987年に公開され大ヒットした『リーサル・ウェポン』(リチャード・ドナー監督)という映画があります。メル・ギブソン演じるマーティンは特殊部隊の経験もある優秀な刑事でしたが、妻を亡くし日々の生活に疲れて自殺も考えている状態。彼は麻薬課から殺人課に異動となり、そこで年上の黒人刑事ロジャーと出会います。

 その後、相棒となった2人の刑事は巨大な敵に立ち向かっていくわけですが、その中に、麻薬組織によって彼らが拷問を受けるシーンが出てきます。そこで使用されたのが、電気ショックでした。これによりマーティンはほとんど失神するまで拷問を受けるのですが、間一髪反撃に転じ敵のボスを倒す――というストーリーになっています。

 実際の犯罪事件においても、電気ショックが使用されたことがありました。2002年、福岡県において他に類を見ない犯罪事件が発覚します。かの有名な、北九州連続監禁殺人事件です。

 事件の主犯である松永太は、拷問と虐待によってマインドコントロールを行い、被害者数名を完全な支配下に置く。もともとは家族であった被害者同士に互いへの虐待を繰り返させ、互いを殺させさえします。さらにはその死体処理のため、被害者の身体を細かく切り刻ませ、長期間煮込んだ後にミキサーにかけてからトイレなどに遺棄させるといった行為にまでおよびました。

 7名もの命を奪ったこの連続殺人は、日本の犯罪史上類を見ない残虐な事件でした。事件の詳細については、豊田正義氏の著作『消された一家』(新潮文庫)を参照していただければと思います。しかしこの本を読んだ人の中にはこんな疑問を持つ人も多いでしょう。そもそも事件の被害者たちは、なぜ松永の元から逃げ出さなかったのか――と。実際、彼らには逃亡するチャンスが何度もありました。けれども犯人・松永は、電気ショックによる拷問を用いて被害者の自由意思を奪い、自分の意思や感情を持てないようにしてしまった。それほどまでに電気ショックは、ある場面においては人に耐え難い苦痛を強いるもの。なればこそ、かつての精神科の臨床においては、電気ショックを治療として施行するだけでなく、暴力行為などの問題行動を起こした患者に対して“懲罰”として用いる、といった事例もあったのです。

 さて、改めて治療としての電気ショック療法を見ていきましょう。電気ショック療法は、「電気けいれん療法」あるいは「電撃療法」とも呼ばれ、頭部に通電することによって人為的にけいれん発作を誘発させる治療法です。統合失調症などにおける興奮状態や、うつ病などにおいて希死念慮が強い状態に有効であることが確認されていますが、では実際にどのようなメカニズムでそのような効果が発現するのかは明らかになっていません。

 古い時代の精神科病院においては、看護者たちが担当医の承諾がなくても患者を個室に誘導し、ときには一列に並べて「電気をかける」ことも行われていました。患者が指示に従わなければ、数名で身体を押さえ込んで通電を行うことさえありました。

 通電によって患者は意識を失い、けいれん発作が誘発されます。けいれん発作の後には健忘が生じ、通電について記憶していない状態が生じます。しかし完全に意識が失われないこともあり、この際には強い疼痛が生じ激しい恐怖感が伴います。

 現代のような薬物療法が開発される以前、電気ショック療法は精神科における代表的な治療方法でした。そうした時代には、統合失調症をはじめとするさまざまな疾患の興奮状態に対して施行されていました。ところが現在では、その適用対象は主としてうつ病です。特に、希死念慮が強く自殺のリスクが切迫しているケースには、最も有効な治療法とさえいえます。

 そうなのです。意外に感じられるでしょうが、昨今の医学研究においては、電気ショック療法は薬物療法よりも安全性が高く、有効性も同等かそれ以上であることが知られているのです。

 とはいえ、人為的にけいれん発作を起こすわけで、骨折などの合併症が起こることもまれではありません。そのため最近では、麻酔医の管理のもと、筋弛緩薬を投与してけいれんが誘発されないようにしてから電気ショックを施行する「無けいれん法」が用いられるようになっています。この方法を用いれば、高齢者、そして身体的に重症の疾患を併発している人にも、電気ショック療法を施行することが可能となるのです。

 ではこの電気ショック療法、医学史上どのように“発見”されたのでしょう。

 1930年代、てんかん患者は統合失調症と拮抗関係にあり、両者は合併しにくいと信じられていました。ここから、「てんかん発作(けいれん発作)には精神病を予防・治療する効果があるのではないか」ということが考えられるようになります。

 1934年、ハンガリーの神経病理学者であったラディスラウス・メドゥナは、長期にわたって重症の昏迷状態にあった統合失調症患者に樟脳(ショウノウ)を投与し、けいれんを誘発しました。この患者は、数回のけいれんにより完全に回復したとされています。その後、樟脳に代わってカルジアゾールという薬品を用いたけいれん誘発が行われ、これにもかなりの有効性が認められました。しかし、注射を用いてけいれんを誘発することから、患者に強い不安が生じてしまうという欠点がありました。

 そして1938年、イタリアのウーゴ・ツェルレッティとルシオ・ビニは、新しいショック療法として電気ショック療法を考案。この治療法は、それまでのインシュリンショック療法などと比較しても有効性、安全性とも高く、その後広く普及していきます。日本においても、翌1939年には、九州大学の安河内五郎と向笠広次によって、わが国初の電気ショック療法が行われています。

 こうして電気ショック療法は、画期的なものとして多くの治療施設で用いられ始めます。しかし一方で、前述の通り懲罰目的で使用されることもあったのもまた事実。本連載「ロボトミー」の回(2017年12月号)でも触れたケン・キージーの小説『カッコーの巣の上で』において、主人公のマクマーフィーは最終的に危険な患者というレッテルを貼られロボトミー手術を施行されますが、そこに至る前には、電気ショック療法を施行されています。

 1950年代以降の抗精神病薬の登場によって、電気ショック療法の施行は一時的にかなり減少しました。けれども昨今、薬物療法では効果に乏しい症例や、薬物療法を十分に施行できない高齢者において、電気ショック療法の有効性は見直されています。

 前述したように欧米においては1950年代頃から、副作用の軽減のため、「修正型電気けいれん療法」と呼ばれる筋弛緩薬、静脈麻酔薬などを用いた方法が普及していきます。筋弛緩薬はけいれん発作時の骨折事故を減らすことを目的に、また静脈麻酔薬はこの治療法に対する患者の恐怖心を軽減させるために使用されます。日本でも、これにやや遅れて1980年代頃より、修正型の使用が一般的となってきているのです。

 歴史的には思い付きに近い試みから始まった電気ショック療法ですが、こうして現在では、精神科の臨床に不可欠のものとなっています。けれども当初想定されていた統合失調症に対する治療効果は限定的でした。いったん改善が見られたとしても、多くは短期で再発してしまうのです。このため現在では、電気ショック療法の対象はあくまでもうつ病や躁うつ病などの気分障害、というのが業界の常識です。実際、欧米で作製された治療ガイドラインにおいても、薬物療法と並んで、第一選択の治療方法とされているのです。

岩波 明(いわなみ・あきら)
1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院をはじめ多くの精神科医療機関で診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に『発達障害』(文春新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

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