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神保哲生×宮台真司 「マル激 TALK ON DEMAND」 第28回

大手メディアは報道不可能? 正社員既得権益という病巣

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──経済危機が叫ばれる昨今、企業による景気対策は、「派遣切り」など人件費の抑制に表れており、非正規雇用者が犠牲になっている。これは社会問題として扱われ、巷では派遣法の緩和を問題視する向きが強い。だが、企業人事の専門家で『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(光文社)の著者でもある城繁幸氏は、「雇用問題の本質は正社員の既得権益化にあり、派遣の規制強化ではなんら問題の解決にはならない」と主張する。日本の企業が抱える就労事情の歪な構造、そして雇用問題の解決策など、メディアが触れない論点を浮き彫りにする──。

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【今月のゲスト】
城 繁幸(Joe's Labo代表)

神保 今回は、企業人事の専門家で『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(光文社)の著者でもある城繁幸さんを招き、巷にあふれる雇用談義から抜け落ちている"正社員・正規雇用者の既得権益"というテーマについて、議論を進めたいと思います。格差が語られるとき、派遣や非正規雇用ばかりが取り上げられ、これらの既得権益がほとんど語られない理由についても、しっかり見ていきたいと思います。

宮台 僕は大学で就職支援委員会の委員長をやっているのですが、関係者には同書を読んでいる人が大勢います。今や、城さんの書物を読まずに若年雇用の現状を語ることは、できなくなりました。ですから、今回お会いできることを、楽しみにいたしておりました。

神保 現状確認のためにデータを整理しておくと、厚労省の発表によれば、非正規雇用者の失業者が、今年3月までに12万4800人。ある業界団体の試算では、3月末までに失業する製造業の非正規労働者の数は40万人に上る可能性もあるといいます。過去の不況時には、企業は新規採用の抑制や早期退職制度などで人件費の抑制を図ってきたが、2004年以降派遣法の規制緩和で非正規雇用者が急増したため、企業が不況対策として非正規雇用の削減を真っ先に行うようになった。派遣社員や期間従業員がそのしわ寄せを受けていることから、巷では派遣法の緩和が問題視され、少なくとも製造業派遣は禁止すべきだ、との声が高まっているという状況です。まず、ここまでの雇用状況の概観について、城さんからお話しください。

 91年にバブルが崩壊し、ズルズルと景気が後退していく中で、採用抑制が行われました。そして2000年前後には、国内製造業を中心に、いよいよ正社員の雇用に手をつけざるを得なくなった。そのときに、大手企業は莫大な構造改革費用を計上しています。例えば、5000人の早期退職があれば、上積み退職金に5000億円くらいかかるといわれている。企業はこれに懲りて、日経連(当時)が提言する「新時代の『日本的経営』」にのっとり、従来通りの基幹業務を担う正社員と、単純作業を中心にこなす短期契約社員・非正規雇用者にワーカーを分類して、不景気の際には後者を切り捨てることでバッファを持たせようという発想になったんです。そして、今まさに、派遣社員の方々がバッファとしての役割を果たしている。

宮台 やはり99年の労働者派遣法の抜本改正が大きかったですね。派遣法は86年に成立しましたが、未公認の人材派遣を制約つきで公認したもので、労働組合(正社員)側の要求もあって26種の専門職に限られていました。それが財界側の要求で「対象業務の原則自由化」がなされたのが、99年です。さらに04年の再改正で、最長3年だった26種については無期限に延長、最長1年だった99年自由化業務については3年に延長されました。思えば99年は、盗聴法、国旗国歌法、周辺事態法と、問題の多い法律が次々に成立した年でした。

神保 2000年代に入ってからは、派遣社員が企業の調整弁になっているという状況のようですが、にもかかわらず城さんは、製造業派遣の禁止には批判的な立場をとられていますね。

 製造業の派遣が切られているから、それ自体を禁止にしてしまえ、という発想では、結局は職を奪うことにしかならないんです。過去10年に起きてきたことを見ると、単に規制を強めるだけでは、企業は人のクビを切ることになる。また、小泉政権下の04年、派遣法を製造業に解禁したことから格差が広がったんだという人がいますが、これは逆です。この規制緩和で失業率は低下しましたし、正社員と無職よりも、正社員と派遣社員のほうが格差は少ないわけで、むしろ格差は縮小していたんです。このことを考えても、安易に規制を強化するべきではないでしょう。

神保 なるほど。城さんは、昨今の格差・雇用問題について、非正規社員の増加よりも、正社員の厚遇を問題にしてきました。この理由についてもお聞かせください。

 日本においては、正社員が過度に守られています。労働条件の不利益変更、つまり賃下げや降格というものが、不祥事でもない限り、事実上不可能です。また「解雇権濫用法理」というものがあり、人員整理の必要性、解雇回避努力義務の履行、被解雇者選定の合理性、解雇手続きの妥当性という、4つの要件を満たさなければ解雇することができない。もっといえば、解雇回避努力義務の中には、「事前に非正規雇用者を切ったかどうか」というものも入っている。この問題に対処しなければ、格差というものはなくならないんです。

宮台 ひとつ補足すると「解雇権濫用法理」の4条件は、不当解雇訴訟の最高裁判例を踏襲しているだけです。城さんの主張が広く認知され、裁判所の耳にも届いて「そういうことだったのか」と正しく了解されるようになれば、別の基準が生まれる可能性もあります。

 また非正規雇用者は正社員と明確に区別され、いつでも切り捨てられる前提で単純な作業ばかりを与えられるので、いつまでたっても職能が身につかない。つまり、正社員を守る2重構造は、格差を固定化する傾向が非常に強いんです。人事をやっていたからよくわかるのですが、大手企業は、非正規雇用やフリーターの経験がある人材は、ほとんど採用しない。中堅以上の会社には年齢ごとの賃金表があり、例えば「30歳大卒なら年収600万円程度」というように、モデル賃金が設定されています。そこに30歳フリーターの人が来て、"初任給でいいから雇ってください"と言ったとしても、このモデル賃金が影響して採用することができない、という問題が生じています。

神保 年功序列の賃金制度という問題ですが、正社員の中には「頑張って就職活動をして新卒で採用されたのだから、当然の権利じゃないか」と考える人も多いと思います。

 年功序列とは、若い頃はみな低い賃金水準から始まり、40歳以降で安定した出世をして、やりがいのある仕事に就ける、だから滅私奉公しよう、という暗黙のルールの上に成り立っています。しかし、このシステムは90年代には完全に壊れており、現在の20~30代の正社員の賃金が、20年後に現在の40代正社員の水準まで上がっていく可能性はほとんどない。これがわかった時点で、本来ならプロ野球のような年俸制、成果主義に移行して、同一労働同一賃金にすべきだった。現在のような既得権益の保護は、非正規雇用者はもちろん、とりわけ若い正社員にとっても、決していい結果をもたらさないんです。正社員にも世代間格差があるわけで、若い社員は賃金体系が流動化したほうが得だということに気づくべきですね。

宮台 『若者はなぜ3年で辞めるのか?』にもきちんと書かれていますね。第一に、「親が喜ぶ会社」に入っても、以前のように課長になれる可能性はなく、年収も上がらないこと。第二に、企業寿命も短くなる中、大企業の事務職をしてきて職を失った場合、人材価値がほとんどないこと。

 また、労使の協議で、既得権の見直しを主張したときに何が起こるかというと、40~50代ですでに賃金が上がってしまったものは仕方がない、これから賃金が上がる若者に対して、ハードルを上げよう、ということになる。実際、バブル期に入社した大卒の総合職、つまり現在40歳以前の人たちで、現在課長以上に昇進している人は26%しかいないというデータが出ています。つまり、7割くらいの人は生涯ヒラ社員で、賃金も上がっていかないという状況が、すでに生まれているんです。

宮台 一方で「40代にならないと高い賃金がもらえない」年功序列の賃金制度について、これまで経営学者や社会学者は「企業への忠誠心の源だ」と説明してきたし、「それが日本企業の強みだ」と評価されてきた歴史があります。だから、現在40〜50代の方が「ここでの梯子外しはフェアじゃない」と考え、自分たちの雇用や賃金を守ろうとする気持ちはわかります。彼らの世代的な人生設計を考えても、完全に不合理な主張だとはいえません。でも、部分的に合理的なものを、全体として組み合わせると不合理の塊になるという「合成の誤謬」があります。とはいえ、農協問題(本誌前号の本連載参照)と同じで、単に既得権批判の枠組みに落とすと、いま申し上げた理由で問題を解決しにくくなります。そこをどうするか、ですよね。

神保 実際問題として、年功序列の習慣が根強く残る日本の企業の中で、決定権を握っているのは、こうした40〜50代の人たちであり、彼らが自ら自分たちの既得権を手放すとは思えません。別の視点から考えると、不当に高い賃金をもらっている社員が大勢いることは、企業の競争力という意味でも致命的なのではと思うのですが。

 日本のホワイトカラーの生産性が低いといわれる、大きな要因ですね。40~50代の人たちが危機感を持って取り組む、あるいは新陳代謝で若い血を持ってこない限り、イノベーションなんて生まれるはずがないんです。

雇用対策の光明は労働環境の流動化

神保 今回の議論に当たって資料を探したのですが、この正社員問題について、昨今の雇用に関連した発言をさらってみると、城さん以外に正社員の既得権益問題に言及している人はほとんど見当たりませんでした。これはなぜでしょうか? つまり、「非正規雇用者を救おう」というのは誰でも言えることですが、正社員の待遇について言及すると、どこでどういう不都合が生じるのでしょうか?

 例えば、僕は複数のテレビ局で、今のような話をしたことがあります。キャスターが「本当ですか?」とおっしゃるので、「例えばこの現場に、年収1500万円の人と、年収300万円で徹夜している人の2種類がいるでしょう。その原因はなんだと思いますか?」と返す。そうした場面は、すべてカットされるんです。また、某リベラルな全国紙の取材に同じように答えたときも、すべてボツになりました。

神保 なるほど。大手メディア自身が最も優遇された正社員と、苛酷な条件で酷使される制作会社の社員や非正規雇用者を抱えているわけだから、この問題を声高に語ることは天に唾する行為になってしまうと。また政治についても、労働組合や票田と絡んで、事実認識をゆがめている部分があるのでは?

 そうですね。ハッキリいって、既存の政党でこの問題を真面目に考えている党はなく、一番優秀なのが、まったく興味を示さない自民党であるという状況です。組合をバックに持つ野党は、派遣や非正規雇用問題は主張しても、正社員の既得権益についてはほとんど語ろうとしない。リベラルであるといわれている社民党や共産党も、完全に特権階級=正社員の擁護に回っており、派遣切りの問題を自分たちのイデオロギーに使おうとしています。一部民主党には、組合の支援を受けなくても勝てる選挙区の議員を中心に、「このままではいけない」と考えている人もおり、自民党も含めてこの問題を理解している議員はいるのですが、結局は国民の意識の問題で、強く主張することができない。つまり、多くの国民が「正社員の賃金が下がり、簡単に解雇されるようなことはありえない」と考えているんです。これは日本だけでなく、伝統的に解雇規制が強かった国ではどこでも起きている現象です。韓国もそうだし、フランスやドイツもそう。もともと規制の弱いアメリカやイギリス、オランダや北欧などは、非常にリベラルなまま来ています。

宮台 先頃行われた自民党の新しい研究会で、そうした話をしました。「EUを見ればわかるように、資本移動が自由だという条件の下で解雇規制をすれば、雇用リスクが上がって国内労働市場が縮小する。だから、第一に、正社員と非正規社員の区別をなくして同一労働同一賃金にし、第二に、企業が自由に解雇できるようにして、第三に、失業時に従来収入の大半を保障した上で職業訓練を施すセーフティネットを敷くしかない」と。すると、城さんもおっしゃるように大半の議員が理解を示しますが、彼らはこう言います。「議論には全面的に賛成だが、票田はその理屈を理解しない。理解させるにはメディアを頼るしかない。でもメディアこそ既存構造に寄生する既得権益者だから問題を報じない。なので、無知に留め置かれた国民相手に議員が本当のことを突然しゃべっても、選挙に落ちる」と。政治家は有権者に弱く、有権者はマスコミに弱く、マスコミは政治家に弱い、というジャンケン構造の中で、有権者をダマす力の大きいマスコミが、すべてをブロックしてしまいます。

神保 近い将来日本で、本当の意味で同一労働同一賃金や成果主義が導入される見込みはあるのでしょうか?

 昨年までは悲観的だったのですが、実は今年に入ってから「意外といけるのではないか」と思うようになりました。というのは、既得権を持っている人は、それを失うと一気に流動化を求める側に変わると思うんです。今年からは電器関連を中心にいくつかの大手企業の業績が落ちるでしょうし、解体、整理縮小、統廃合という流れの中で、なし崩し的に処遇の見直しや解雇も含めた規制緩和が行われるでしょう。そこで既得権からこぼれていく人たちも増えるでしょうから、その点には期待しています。

神保 一方で、金融を中心に過剰流動性に対するバックラッシュが起きていて、新自由主義の波が既得権益と同時に、日本的な良いものまで一緒に流してしまったのではないか、という議論もなされています。そして、そこで言う「日本的な良いもの」の中に、終身雇用や年功序列が含まれた議論を見かけることも多くなっているようです。それがまた、城さんの主張に対する逆風を強くさせているのではないかと思ったりもしますが、この状況をどう見ていますか?

 ものすごくムカついています(笑)。そもそも、正社員の既得権益を崩すことを新自由主義というのであれば、フランス革命も、明治維新も、すべて新自由主義になる。僕は特権階級を引きずり降ろせと言っているのであって、その上でセーフティネットを作れという話をしているんです。

神保 こと雇用に関しては、現在の過剰流動性に対する批判は当てはまらないということですか?

宮台 当てはまりません。『マル激トークオンディマンド』ではよく「社会の包摂性」の話をしますが、労働市場が流動化して、終身雇用がなくなっても、企業の外に流動性の低い相互扶助のメカニズム、つまりホームベースがあれば、問題ありません。もともと新自由主義とはそうした立場で、市場原理主義の正反対でした。

 日本の問題は、市場の外にホームベースがあるのかどうかです。日本の近代化過程は、いかに土俗の村落を崩し、人々を国家や企業のために働かせるか、という工夫の歴史です。ホームベースを壊し、代わりに国家や企業をホームベースにさせてきた。かくして疑似共同体としての国家や企業が作られました。だから国家も企業も日本では「道具」ではないのです。水俣問題を見てもわかるように、妻や子が帰属する地域共同体があるように見えて、結局は会社共同体をベースにしているので、公害企業をあしざまに言えば地域にもいられなくなるわけです。戦後はそれが当たり前になりました。

 でも会社はあくまで「疑似」共同体。つまり景気に支えられたものです。だからバブル崩壊以降、直ちに会社共同体が壊れ始めるわけです。すると結局は、市場の外に──会社の外に──労働市場の流動性を支える「社会の懐の深さ」がないことが問題になります。それが今の状況です。

 例えば、「派遣村とはなんだったのか」とよく聞かれます。そこで考えるのは、企業共同体はあくまで正社員にとってのホームベースであり、派遣社員は出稼ぎに来ている人たちなんだということです。つまり、彼らはアウトサイダーであり、中でも家庭にすら包摂されなくなった人たちが、派遣村に流れ着いてしまった。我々のような立場の人間や、メディアの正社員記者が、一概にどうこう語れる問題ではないのでは、と感じます。

成果主義の導入とキャリアパスの変貌

神保 なるほど。日本人にとっての企業共同体は、単に仕事をして賃金を得る場ではなく、例えばお葬式のときに手伝ってくれるのも会社の人たちだし、結婚式の受付も会社関係者だけ別の窓口になっているように、会社がひとつの共同体的な役割を果たしているのは、日本特有のカルチャーかもしれません。今の日本でこれに代わるコミュニティを作るのは、並大抵のことではなさそうです。しかし、状況は切迫しています。日本の労働市場に流動性を与え、成果主義を導入するためには、具体的にどんな施策が必要なのでしょうか?

 トップダウンで始めなければ、労使はいつまでたっても動きません。時限立法でも構わないので、5年ほどの間、従業員の処遇を柔軟に設定できるような法律、つまりオランダで行われた「ワッセナー合意」の日本版を作るべきです。成果主義の導入によって急激に所得が減る人に対しては、暫定的に国が所得の減額分の半分を補填すればいい。例えば、正社員で45歳以上の人には、年に50兆円くらいの人件費が支払われています。世代平均で1割の減額があったとしても、国の支出はせいぜい3兆円程度のものですから、定額給付金2兆円をばらまくのであれば、こういうことに使えばいいのではと。

 また、派遣会社のピンハネ率を抑えろという議論がありますが、これはナンセンスです。やるなとは言いませんが、あれだけ過当競争をしていれば、すでに合理化の余地はほとんどない。つまり、派遣会社はつぶしてしまえばいい。なぜ企業が高い金を払って派遣会社を使うかといえば、直接雇用の義務を回避するためです。つまり、正社員の解雇規制を緩和すれば、大手は争うように直接雇用に移行するでしょう。

神保 ホームベースという話も含めて、日本型の成果主義というものがありうるとすれば、どんなものになるでしょうか?

宮台 例えば、反貧困ネットワークの雨宮処凛さんの活動は、解雇規制をせよという主張こそ大間違いですが、同じ境遇の人々の世代的連帯というホームベースを生み出します。あるいは、日本には「アキバ系」といわれるようなサブカルチャー的な避難所――連帯とまではいえない「場」――も存在して、ある程度の役割を果たしています。僕の教え子である鈴木謙介がMCをする『文化系トークラジオ Life』(TBSラジオ)というラジオ番組も、ある種の「場」を提供するためのチャレンジです。「自分の生きる場所が企業にしかない」となれば、待遇の不利益変更がもたらすダメージは耐えがたいものになります。僕は「多重帰属」ないし「多元的所属」と呼びますが、ホームベースが会社のほかにいくらだってあるという形を模索するしかありません。地域共同体の再建が一番良いでしょうが、短期的には代替策で逃げるしかありません。「麻酔薬にすぎない」と批判されても、仕方ありません。ほかにやりようがないのですから。

 テクニカルな話になりますが、今の日本の人事制度の最大の問題は、キャリアパスが一本しかないこと。つまり、プロ野球に例えるなら、「4番で3割30本売ったら、来年からコーチ」というのが、日本のキャリアパスです。まずは処遇と序列を分けるべきで、実際に動きだしている会社もあります。そこで何が起きているかというと、例えば30歳で見どころのある人間を工場長に抜擢するけれど、基本給はそれほど変えずに、成果に応じてボーナスを支給する。ダメだったら降格させればいいし、給料が変わらないから訴えられることもないんです。このことにより、若手でやる気のある人間がドンドン伸びていきます。また面白いのは、日々ボチボチ働いていたい、という人間が尻を叩かれることもない。その会社では、いろんなモチベーションを持った人間がいるにもかかわらず、和が保たれているんです。つまり、キャリアアップしてどんどん上に上がりたい人にはそういうキャリアパスを、賃金はそれほど伸びなくてもいいので、仕事はほどほどにして、趣味や自分の時間を大切にしたい人にはそういうキャリアパスがあっていいはずです。

神保 それにしても、前回農業問題の時に取り上げた農協(JA)を含め、高度成長期においしい思いをした既得権益者の利益を代表する団体が、今逆にいろいろな分野で足を引っ張っているようですね。結局それも、官僚だのメディアだのと同じ既得権益のひとつに変わりはないわけですから、たとえ困難を伴ったとしても、日本はそれを乗り越えない限り、現在の閉塞は打ち破れないような気がします。

宮台 やはり一番の問題は、今回のような話は、既得権の塊であるテレビや新聞などのマスメディアに乗らないので、それをどうやって伝えるべきかということです。長期どころか短期で見ても、城さんがおっしゃるやり方以外に、人々が得をする方策はありません。これは単純な合理性の問題なので、メディアがきちんと説明すれば、大半の国民は理解するでしょう。逆にいえば、そういう問題だからこそ、マスメディアが報じないのです(笑)。

 経済学者というのは、100人いれば99人は僕と同じ意見です。しかし、雇用問題を語る場で、そういう意見は出てこない。なぜなら、八代尚宏さん【※】がサンドバッグ状態でバッシングされたことを見ているからです。また、世論を形成する上での最大のメディアである地上波テレビを観ているのは、主に40代以降の人たちですから、彼らに合わせた発言をする学者が多いのも事実です。この状況は、どうにかしなければいけませんね。

宮台 若い人たちが、40代以降の人たちにとってのテレビに代わるような「国民的メディア」を持たない以上、後者の持つ意見が世論になります。「マル激」をいかに多くの方に観ていただけるか、ということがひとつのカギのような気がします(笑)。

【※】...やしろ・なおひろ。国際基督教大学教養学部教授。経済学者。元内閣府経済財政諮問会議議員。正社員の待遇の引き下げや過度の雇用保障の見直しを口にし、企業の御用学者などと一部から批判を浴びた。

(『マル激トーク・オン・ディマンド 第410回』を加筆、再構成して掲載)

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『マル激トーク・オン・ディマンド』
神保哲生と宮台真司が毎週ゲストを招いて、ひとつのテーマを徹底的に掘り下げるインターネットテレビ局「ビデオニュース・ドットコム」内のトーク番組。スポンサーに頼らない番組ゆえ、既存メディアでは扱いにくいテーマも積極的に取り上げ、各所からの評価は高い。(月額525円/税込)


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宮台真司
首都大学東京教授。社会学者。代表作に『終わりなき日常を生きろ』『サイファ覚醒せよ!』(以上、筑摩書房)など。


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神保哲生
ビデオジャーナリスト。ビデオニュース・ドットコム代表。代表作に『ツバルー地球温暖化に沈む国』(春秋社)など


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城 繁幸
97年東京大学卒業後、富士通入社、人事部に勤務。04年より現職。著書に『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』(光文社)など。


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