――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。
大学入試の総合型選抜へのシフトや中学受験過熱の陰で問われる〝見えない学力〟非認知能力の育成。家庭・学校・社会が担うその役割、日本の教育における課題と未来とは――。
今月のゲスト
中山芳一[All HEROs合同会社代表]
都市部を中心に過熱の一途を見せる中学受験。写真はイメージ。(写真:Getty Images)
IPU環太平洋大学特命教授。教育実践家。岡山大学教育学部卒業後、9年にわたって学童保育指導員として経験を積んだ後、教育方法学研究の道へ。岡山大学教育推進機構准教授などを経て現職。著書に『非認知能力の強化書』(東京書籍)、『教師のための「非認知能力」の育て方』(明治図書)、『「やってはいけない」子育て』(日本能率協会マネジメントセンター)など。
萱野 近年、教育の世界では〝非認知能力〟がますます注目されるようになっています。今回お越しいただいた中山芳一さんは、教育に関する実践的な研究活動や課題解決に取り組みながら、一貫して非認知能力の重要性を訴え、その育成をテーマとしたさまざまな活動を展開されています。私自身、大学教員として教育に携わるなかで、非認知能力をめぐって大学教育もまさに過渡期を迎えていると強く感じています。まずは、非認知能力とはそもそもどのような能力なのか、改めてご説明いただけますか。
中山 学力テストや知能検査のように、共通の尺度を用いて数値化し、評価・測定できる力が〝認知能力〟です。これに対して〝非認知能力〟とは、そうした共通の尺度では測定することが難しい力の総称です。非認知能力にはさまざまな要素がありますが、代表的なものとしてはコミュニケーション能力や共感性、自尊感情、意欲などが挙げられ、これらは〝社会情動的スキル〟といわれることもあります。教育現場では、認知能力は〝見える学力〟、非認知能力は〝見えない学力〟あるいは〝人間力〟などと呼ばれてきました。
萱野 そうした非認知能力を重視する傾向は大学入試にもあらわれていますね。これまで大学入試といえば、筆記試験の得点で合否が決まる一般入試が主流でした。つまり認知能力を測ることが大学入試の中心だったわけです。しかし現在では、総合型選抜や学校推薦型選抜へと大学入試は大きく重心を移しています。総合型選抜とは、かつて「AO入試」などと呼ばれていた選抜方式で、受験生の学力だけでなく、学習意欲や志望理由、行動力、コミュニケーション力、探究心、向上心など、多角的な評価軸によって合否を判定する選抜方式です。学校推薦型選抜とは、いわゆる推薦入試のことで、高校側が生徒の学力だけでなく、ほかの適性も含めた総合的な判断に基づいて生徒を大学側に推薦することで成り立っています。つまり、総合型選抜も学校推薦型選抜もどちらも非認知能力の評価に重点を置いた入試方式です。現在の日本の私立大学入試では、すでに入学者の半数以上がこの総合型選抜と学校推薦型選抜によって占められています。もちろんこれは私立大学だけにみられる傾向ではありません。国公立大学でも、総合型選抜や学校推薦型選抜の合格者がいまや入学者の約3割に達しています。こうした傾向は今後ますます強まっていくでしょう。たとえば東北大学は2050年までに一般入試を廃止し、すべての入試を総合型選抜へと移行させると公表しました。まさに非認知能力をめぐって大学入試も過渡期にあるのです。
中山 大学入試に求められる力はいわゆる認知能力、つまり学力だけではないということは、以前から繰り返し指摘されてきました。実際、2020年に改定された現行の学習指導要領には、すでに非認知能力の育成を重視する考え方が明確に示されていますし、大学入試もそれに先んじてAO入試を取り入れるなど、徐々にシフトを進めてきました。私はこうした流れを、望ましい変化として肯定的に受け止めています。とはいえ、これは「学力がもはや不要になった」という話ではないんですね。そもそも認知能力と非認知能力は対立したり、どちらか一方だけを選ばなければならないような関係ではありません。
試験の点数などとして顕在化する認知能力を支え、高めていくうえで土台となるのが、情緒的・社会的な側面を含む非認知能力だと考えられます。大学としては、そうした観点から、より総合的な評価で学生を選抜していこうとしているのだと思います。
萱野 学校を出たあとの実社会では、しばしば勉強だけができるような人は「使えない人」とみなされることがあります。それだけ実社会では非認知能力が重視されているということでしょう。にもかかわらず、大学入試は長いあいだ認知能力に基づく選抜に偏ってきました。それがいま転換を迫られているんですね。
中山 そこには選抜の効率性という課題もあったのだと思います。私は1975年生まれですが、同学年の人口は190万人強で、大学・短大への進学率は約50%でした。つまり、およそ100万人という規模の受験生を選抜しなければならなかったわけです。その数を前にすると、一人ひとりを個別に総合評価することは現実的に難しく、どうしても学力のみを測る筆記試験で一斉に判定せざるをえないという事情があったとも考えられます。