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恐喝、根回し、ケタはずれのパワーゲーム……エージェント同士の殴り合いも!? ドンが牛耳った米国の芸能界

2017年6月10日 11:00

――日本では「テレビ局は、大手芸能事務所に頭が上がらない」などという話をよく聞くが、一方で米国の場合は「映画会社は、大手タレント・エージェントに頭が上がらない」という。この「エージェント」とは、一体何者なのか? そんな日本とは違う、米国の芸能界の構造を明らかにしつつ、そこに見え隠れする闇を探っていこう。

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賛否あった『ゴースト・イン・ザ・シェル』のキャスティング。その裏にはエージェントの思惑があるのかもしれない。

 SMAP解散や能年玲奈(現・のん)の独立騒動を通じ、事務所とタレントのいびつな力関係が注目されている日本の芸能界だが、ショービジネスのメッカである米国・ハリウッドからはあまりそういった話が聞こえてこない。スキャンダルの度合いでいえば、こちらのほうが凄まじく、セックステープ流出や差別発言など、日本であれば「一発アウト」なトラブルを起こしても、たいしたペナルティもなく活動を継続するケースが見受けられる。この差はいったいなんなのだろうか。本稿では、日米の芸能構造を比較しつつ、米国にも暗部といえるものはあるのか探っていく。

 まず大前提として、日本の芸能界においては、フリーや個人で活動しているごく一部を除き、ほとんどのタレントが大なり小なり「芸能事務所」に所属し、管理されている。一方で米国ではタレント一人ひとりが独自の「エージェント」と契約するのが主流だ。

「現在の米国のエンタメ業界は100%透明性のある状態ですが、日本のそれはいまだに濁っているというか、裏が多すぎる」と語るのは、お茶の間でもおなじみのコメンテーター、デーブ・スペクター氏。日米双方の事情に精通している氏は、日本の業界について「芸能事務所や広告代理店による癒着がとにかく多すぎる。カネ、過剰接待、そしてバーターの横行により、実力のないタレントが視聴者に押しつけられている状態。キャスティングの8割は“ワケあり”だと思っていい」と強い口調で断じた。

 では、米国の業界が持つ透明性とは、どういうことか? 日米の契約関係に詳しい映画プロデューサーのヒロ・マスダ氏はこう語る。

「日本では、肖像権や芸名といったタレントの権利を事務所が管理する、一方的で不平等な契約が見受けられます。しかし海外のエージェントは、そういった雇用主のような存在ではありません。タレントは自分のキャリアに適したエージェントやマネージャーを、複数抱えているのが普通なんです。弁護士、広報などを選ぶのもタレント本人。自分のキャリアプランにフィットしなければ、当然タレントのほうからクビにすることもあります」

 自分でパーティを組み、レベルが上がるごとに仲間の質も上げていくという、RPGのようなキャリアを送るのが常のようだ。

 そもそも、エージェントの主な仕事内容は、出演枠の獲得やギャラの交渉など。報酬は、顧客であるタレントが獲得するギャラの最大で10%までを仲介料として受け取る。この10%という数字は、法律によって決められている。一方でマネージャーは、タレントのスケジュール管理や仕事の相談相手などにとどまる。

「エージェントは、マネージメント以外の仕事が法律で禁じられています。というのも、彼らがプロデューサーと結託、もしくは兼任となれば、タレントの報酬をいくらでも搾取できてしまう立場になるからです。また、日本の芸能事務所が大きな収入源にしている芸能学校や、その他サービスの斡旋も禁止です。雇用機会をコントロールできる立場でこれをやれば、タレントが二重、三重で搾取されてしまうからです」(同)

 日本の芸能界では昔から、金銭面で所属事務所と揉めるタレントが絶えずいる。それに比べると、米国の業界はタレントの利益を守る仕組みが出来上がっているといえよう。しかし、それゆえ仕事の質やギャラの金額はすべてエージェントの腕一本にかかっている。アカデミー賞を受賞した俳優が、スタッフの名前を次々に挙げ感謝の言葉を述べるのは、そんな背景があるからなのだ。

 米国においてこのような法律や分業システムが出来上がったのは、1940年代まで常態化していた映画会社による寡占状態、いわゆるスタジオシステムへの反省からである。当時、映画会社は不平等な専属契約システムで俳優たちを縛りつけていた。その内容とは、俳優に出演作品を選択させる権利を与えるものの、拒否すればそのぶん契約期限が延長されていく、というものであった。簡単に言えば飼い殺しである。

 そのような状態に転機が訪れたのは50年代に差し掛かった頃。「映画会社が製作部門と興行部門を兼ね備えることは、独占禁止法に違反している」という判決が裁判所によって下されたことにより、映画会社による支配の構図が崩れ去った。その後は、俳優の利益を最優先する代理人が台頭していく。彼らの活躍により、大作映画のギャラが数百万ドルに跳ね上がったり、興行成績に応じてリベートを受け取れるようにすらなった。タレント・エージェントのビジネスモデルは、このようにして構築されていったのである。

 芸能マネージメントにおける構造上の違いもさることながら、米国のエージェントとタレントは「信頼関係」という点も日本と大きく異なる。米国の有力エージェント会社と仕事をしている日本の音楽業界関係者はこう語る。

「とにかく、エージェントとアーティストの結びつきが強いというのは感じます。某アーティストのマネージャーが本人に内緒でエージェント会社を替えようと動いて、マネージメント契約解消になった例もあるくらいですしね」

 ハリウッドのエージェントたちは、タレントを酷使するのではなく、信頼を勝ち取ったことによって、日本にはない独特の地位を築き上げてきたのだ。

圧力かけるのは朝飯前 気に入らない奴は干す

 日米間の構造の違いが明らかになったところで、デーブ氏が触れていた“業界の裏”をクローズアップしてみよう。日本の芸能界ではいわゆる「ドン」などと呼ばれる権力者の存在がしばしば話題に上る。そういった人物の一声でタレントのスキャンダルが揉み消されたり、存在自体が業界から抹消されるなどといった不穏な出来事が幾度も起こっているのは、業界の大きな「闇」のひとつである。

 現在は透明性が高いという米国の業界にも、かつては「ショービズの帝王」と呼ばれた、明確な支配者が存在した。名実ともに「ドン」であった、かの人物の名前はマイケル・オーヴィッツ。米国4大タレントエージェンシーの一角、CAA(Creative Artists Agency)の創業者であり、80~90年代にかけて第一線級のタレント・アーティスト・脚本家をほぼ自社の顧客として契約し、彼に逆らえば映画や番組が制作できなくなることもあり、業界で最も恐れられた存在であった。その手腕は多くの功績と教訓を生み、今日に至るまで影響を残しているという。

 CAAの歴史について記したジェームス・A・ミラー氏による著書『Powerhouse: The Untold Story of Hollywood's Creative Artists Agency』(日本未出版)を見ていくと、もともと、老舗エージェント会社のウィリアム・モリス(現WME)で一介のエージェントとして働いていたオーヴィッツは、1975年に4人の仲間と独立してCAAを設立。彼が成功するきっかけとなったのは、「パッケージング」という制度を確立させたことだといわれている。これはテレビドラマにしろ映画にしろ、ひとつの作品にかかわるキャストとスタッフをすべてCAAのクライアントで固め、制作スタジオに企画を丸呑みさせることで膨大な手数料を稼ぐ手法である。しかも、提案を断ったスタジオにはそれ以後、自社が管理するスターを一切提供しないという圧力もかけていた。オーヴィッツとCAAはこれを武器にそのテリトリーを着々と広げたのである。

 その強引な手法には少なからず批判も噴出したものの、パッケージングによる仕事の安定供給は評判を呼び、クライアント数は増加。こうして一大エージェント会社へと成長したという。

 そんな全盛期のCAAの苛烈な仕事ぶりはいまだに語り草となっている。オーヴィッツの半生を描いた『ハリウッドを掴んだ男 マイケル・オーヴィッツ』(徳間書店)の著者スティーヴン・シンギュラー氏は、本誌のメール取材で、当時のCAAについてこう語ってくれた。

「新入社員たちの間では、悪意むき出しでライバルを出し抜くことは日常茶飯事だったし、しょっちゅう殴り合いが起こる始末。勤務中に交通事故を起こし、鼻が折れて顔面が血まみれになろうがそのまま仕事を続けた者もいれば、厳しい環境に耐えきれず、任された資料を残らず峡谷に投げ捨ててキャリアを棒に振る者もいたくらい」

 いくらなんでもブラックすぎる……社内での競り合いが、ここまで熾烈ならば業界内にはもっと多くの敵がいたのではないだろうか?

「オーヴィッツは自分とCAAに反旗を翻す者には容赦がなかった。クライアントのイメージを傷つけるような作品に対して訴訟をチラつかせたり、キャスティングの責任者や劇場に圧力をかけ、興行的な失敗に追い込んだ。CAAを飛び出そうとするエージェントやクライアントがいれば『キャリアを台無しにするような事件に見舞われるぞ』などと脅迫したり、あまつさえCAAに対し訴訟を仕掛けたとあるプロデューサーは徹底的に干されて、その後10年間でたった3本の作品にしか携われなかった上に、そのいずれもが興行的に大コケした。最終的には新聞のインタビューで『今までのビジネスで最も後悔しているのは、CAAを訴えるなどという間違いをしでかしたことだ。あそこは最高のエージェント会社だ……本当に素晴らしい』と完全に白旗を揚げるハメになった」(同)

 成功とともに敵が増えるのは必定。しかし、ここまで圧力をかけられれば、もはや敵がいても、大したことではないのだろう。

 もはや、企業というよりも利益団体のようだが、CAAがここまで大暴れできた理由のひとつとしてその「正当性」が挙げられる。というのも、米国のエンタメ界における法律は、映画会社の不当な契約からタレントを守るために作られたものだからだ。エージェントはタレントの利益を代弁するが、そのために酷使させたり、権利や仲介料をふんだくるといったことはない。つまり、違法なことは何もしていないわけだ。強いて言うならば、CAAを追及するメディアに圧力をかけて黙らせたことぐらいである。

 そんなオーヴィッツだが95年、CAAトップの座を突如として降り、親友のマイケル・アイズナーが会長を務めるウォルト・ディズニー社の社長に就任する。業界の巨人たるディズニー社でさらなる権力を握ろうとしたのだが、これはうまくいかず2年足らずで辞任。再びエージェント業に舞い戻ろうとするも、彼は敵を多く作りすぎていた。かつて蹴散らしたライバルたちは鬼の居ぬ間に……と言わんばかりに勢力を伸ばし、オーヴィッツを排斥した。そのため新会社はあえなく売却の憂き目に遭う。もはや、完全に「終わった人」となり、現在は個人投資家としてひっそり活動しているという。

 ちなみに、本稿を記すにあたって国内外の識者に取材を申し込んだが、いまだにオーヴィッツに関しては口を堅く閉ざす者が多く、前出のシンギュラー氏さえも「“カルト”の脅威はもう終わった。これ以上、オーヴィッツについて話すことはない」と突然取材を打ち切られてしまい、現状をはっきりと知ることはかなわなかった。どうも、彼が残した爪痕は予想以上に大きいようだ。

ドンなき今のハリウッドと日本の芸能界への影響

 それでは、オーヴィッツの天下が終わったあと、エージェント業界にドラスティックな変化は訪れたのだろうか? 前出の音楽業界関係者に聞いた。

「いまだにCAAとWMEは上から目線だなと感じることはあります。ただ、カーラ・ルイスという、エミネムを担当していた敏腕女性エージェントが、CAAを辞めて昨年独立したのですが、エミネムなどの大物もCAAを辞めて彼女についていったそうです。日本の常識で考えると大手事務所の看板があったほうが商売をやりやすいと考えてしまいがちですけどね。だって、SMAPも飯島さんほどの敏腕マネージャーであっても、キムタクはついていかなかったでしょう?」

 シンギュラー氏の言うように、CAA一強の時代は終わり、それこそ日本がお手本にするべき芸能界の構造が米国では出来上がったようだ。

 今でこそ透明性100%とされているアメリカのエージェント方式。それでは将来的に、日本の芸能界でもパラダイムシフトが起き、現在の事務所方式からエージェント方式へと変わる可能性はあるのだろうか? デーブ氏は「絶対にない。絶望的と言ってもいい」と断言する。

「日本の芸能界は根本的に接待文化。癒着とかバーターをなくすとしたら、テレビ局のほうから、そういう文化を締め出すほかない。ただ、絶対にそんなことしないでしょ。テレビ局の人は、仕事終わったら家に帰って他社の番組とかチェックすればいいのに、みーんな飲んでばっかり。そりゃ良くなるわけがない」(同)

 オーヴィッツの存在は、たしかに米国の芸能界における“暗部”だったかもしれない。しかし、エージェントそのものは不平等契約などと戦い、これを根絶した。それに比べると、日本の芸能界はいまだ濁ったままなのだ。

(文/0次郎)

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