サイゾーpremium  > 連載  > 五所純子「ドラッグ・フェミニズム」【第十一回】/子を愛せない母が探した【さみしさ】
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五所純子「ドラッグ・フェミニズム」【第十一回】

【五所純子/ドラッグ・フェミニズム】子を愛せない母・エリがアヤワスカ茶会で探した“さみしさ”

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――覚醒剤、コカイン、大麻、向精神薬……クスリに溺れる女たちを嗤うのはたやすい。だが、彼女らの声に耳を澄ませば、セックスやジェンダーをめぐる社会の歪みが見えてくる。これは、文筆家・五所純子による“女とドラッグ”のルポであり、まったく新しい女性論である。

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エリがアヤワスカのお茶を飲むと、視界がキラキラと輝いたが、やがて強烈な吐き気を催した。(写真/草野庸子)

「2011年3月11日、震災の夜、主人が帰ってこなかったんです。『仕事が終わらないから事務所に泊まる』って。私は息子と家にいて、すごく不安でした。あのとき、主人は浮気してたんですよね。表参道のカフェで食事をしてたら、主人がスマホのロックナンバーに知らない数字を打ち込んでました。もとは息子の誕生日だったのに。それでも私は妙に自信があって、まさか自分が浮気されるわけないと高をくくってたんです。主人が帰らない夜が増えてきて、しかも帰るとすぐお風呂に入る。わかりやすい。バカな人だなって。あの3月は息子が卒園して小学校入学という時期で、私は慌ただしくて、世の中も震災で慌てふためいていて、そんななかで夫の浮気に気づいて、人生終わったと思いました」

 エリは夫の浮気を知って失調した。眠れない、息が切れる、心がたえずわだかまる。まさか自分が鬱病になるわけがないと思っていたが、気がつくと心療内科に向かっていた。ベテラン女性医師の医院には、杖をついて歩く若い女性や、身を震わせる女子の姿があった。「へぇ、鬱病ってこんななんだ。でも私は違うから」とエリは思う。「鬱状態だね」と医師は診断をくだし、抗不安剤と睡眠導入剤を処方した。「ちょうどいいよ、これ飲めば痩せるから」という医師の言葉が引っかかる。痩せたら夫との不和が解消するのだろうか。痩身は夢を叶える魔法ってか。「ショートカットのババア医者でしたよ」とエリは言い捨てた。

「薬は飲むほど増えて、ときどき意識が途切れて、仕事も家事もできなくなってきました。会社を出て、家の最寄り駅に着くとイライラが募って、今日は何をぶっ壊してやろうかとワクワクしてました。食器、服、鏡、電化製品。主人のものは包丁で切りつけました。浮気は止まったんですけど、それでも私は夫の帰宅時間を見計らって、玄関で血だらけになって待ちました。『俺に見せつけたくてわざとやってんだろ』と言われても、てめぇがやらせてんだろって思ってました。私が死んだらこいつを加害者にできると考えて、自殺未遂をくりかえしました」

 夫には心の傷を形にして見せつけたい。でも息子には破壊行為を見せたくない。子が帰宅する前、子が寝静まった後、その時間をエリは狙う。散らかった部屋で「ママ、ごはんつくらなくなっちゃったね」と子はつぶやいた。

「そもそも堕ろせばよかったんです」と、前触れもなくエリは言った。

「22歳で妊娠したとき、産みたくないと思いました。でも主人に伝えたら、土下座して『よろしくお願いします』と言われちゃったんですよ。これを逃したら私は結婚も出産も一生ないだろうと思って。10代、20代と私はたくさんの男性とフィジカルな関係があって、そんなふうに誰かに求められないと生きてる心地がしなかった。自分から愛するということがわからなかったんです。子どもができたら何か変わるかなっていう期待もあって、結婚して、出産して。でもやっぱり夫も息子も全然好きじゃないんです。顔は可愛いんですよ。でも、可愛くないんです」

 エリの言う“可愛くない”は“接し方がわからない”だ。子が自分より弱い存在だと認められない。だから相手を守り育てる必要性が迫ってこない。夫が自分と異なる意思をもつのだと認めがたい。だから相手の想定外の行動が背信としか感じられない。

「誰にも言えなかったです。『子どもは産めば可愛いものだ』ってよく言われるじゃないですか、『住めば都』みたいに。そんなことないです。息子が失敗すると『こいつ、なんでできないの』と思ったし、泣いたり怒ったりすると『空気読めよ』とか平気で言ってました。子どもは懸命に生きてるだけなのに、自分と同じ目線で子どもを見てたんです。いま息子を育ててるのは、愛情というより責任感だと思います」

 エリには理想の家庭像があった。見栄えのする家族、洗練された家具調度、趣味のよい遊び方、センスのある友人たち。人に羨ましがられる体裁、それが幸福の秘訣だと思った。DIYで本棚を作り、家庭菜園でパクチーを育て、インテリアに多肉植物を置き、食事にマクロビを取り入れ、シュタイナー教育を調べて。「ハッタリですよ、全部」。メディアで紹介される生活スタイルを実践したが、そうした流行をエリは鼻で笑う。その笑いは自虐でなく軽蔑のニュアンスで、かつての実践は脇に置き、まるで自分に釣り合わない低俗な文化だと忌み嫌うようだった。

 両親は多趣味な人で、家には「大きなスピーカー」や「父のシャツ専用クローゼット」があった。けれどプロダクトデザイナーの父は家に帰らず、洒落者の母は夜になると友達に電話して「さみしい」と泣いていた。

「パパには空洞がある。私生子で生まれて養子縁組で育って、家庭の作り方がよくわからないんだと思う。私がパパと会ったのは通算30分くらいで、それも怒られた記憶しかない。さみしかったですよ。この感覚はアヤワスカ【註1】をやるまでずっと続きました」

「こんにちは。遅れてすみません」と立瀬が合流した。立瀬は自身が主催する“お茶会”にエリを誘った人物だ。「彼はほんとに頭がよくて、すべて見透かされてる気がするんです。ちょっと怖いくらい」とエリは評する。

お茶会での嘔吐で蘇った子ども時代の欠落感


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