サイゾーpremium  > 連載  >  五所純子「ドラッグ・フェミニズム」【第五回】/【解離症】の中で得た金と薬と3人の神
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五所純子「ドラッグ・フェミニズム」【第五回】

【五所純子/ドラッグ・フェミニズム】かずきが解離症の中で得た金と薬と3人の神

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現在、19歳の大学生であるかずきの恋人は、地下アイドルのライブで出会ったサラリーマン。(写真/草野庸子)

「別れ話をしたら、瓶で殴られたり蹴られたりしました。泣きながら『お前だけは俺のことわかってくれると思ってたのに』って、精神科医と患者の立場が逆ですよね。この人も僕の神様じゃなかった。彼がうずくまってる間に置き手紙をして逃げました。

 愛人契約は悪いことだと思わないですけど、かなり危険をともなうとわかりました。どれだけお金に困っても、もう二度とやりません」

 自己否定感が和らぐものは「薬、お酒」。好きなものは「アイドル」。3人目の“神様”雛方ゆんあの名前を口にした途端、かずきは破顔した。声が柔らかく上ずり、目尻が溶けそうなほど下がった。

「愛人契約で得たお金で会いに行くなんて、ゆんちゃんに顔向けできませんでした。みんながんばって働いてるのに、僕が稼いだお金は汚かったから。ゆんちゃんはかわいくて清くて優しくて、みんなのことを癒やしてくれます。ゆんちゃんだけが僕の神様です。

 神様というのは導いてくれる人のこと。だから、神様の言うことは絶対です。僕は自分の人生に責任をとる自信がなくて、正しい生き方を見せてくれる人を求めてるんでしょうね。師匠も医師も神様じゃなかった。結局、師匠は子どもに甘えて、医師は僕に依存してましたから。

 ゆんちゃんのおかげでやっと居場所を見つけられました。道場と違ってファンの人たちはおっとりしてるし、今度こそ疑似家族になれる、と。

 ゆんちゃんはいわゆる“地下アイドル”で、ファンの人数は限られてます。ライブもほとんどが男性で、女性は2~3人。LINEグループが20人くらいで、そのうち現場でよく会う数人で遊びに行きました。ゆんちゃんは僕たちを愛してくれて、僕たちはゆんちゃんを愛していて、この輪をみんなで大切にしています。輪は強いです。

 だから誰にも言えなかったんですけど、ファングループの人から『かずきちゃんのことが好きになっちゃった。付き合ってほしい』と次々に言われてしまって。僕に優しくしてくれたのは家族だからじゃなくて、その先にセックスがあったからなんだね、と。断るとすごく傷つく人たちですし、僕なんかが傷つけてしまうのも何様なんだという気がして。僕が輪を乱した。もう神様にも会いに行けない。それを考えだすと苦しくて、解離が起きてしまうんです」

 雛方ゆんあのライブは、アイドルとファンが一体化して“ここにあるもの”を信じるという宗教性すらあった。その統制が頼もしくも煩わしくもある。さらにアイドルというシステムは、マトリョーシカのように女子を小さく模造化して取り込む力学をもつのか。アイドルサークル内アイドル、あるいは“雛方ゆんあ”の代理を求められたかずきは、“神”のつくった世界を守るために、トラブルを黙って処理する。“世界”の矛盾が皺寄せる。

「僕はメイドカフェで十分」と、かずき自身のアイドル願望は縮小して保たれる。歌舞伎町のキャバクラを辞め、現在は秋葉原のメイドカフェで働く。家賃8万、医療費・薬代3~4万。毎月金が足りず、キャバクラと医師の手当で貯めた金を取り崩す日々。ライブで出会ったサラリーマンの恋人が、日々の出費をさりげなく払ってくれるのがありがたい。大学にはもう行っておらず、退学届を出すつもりだ。

「薬は増える一方で、どんどんやめられなくなってます。こんな奴が生きてると思うとイラッとします。強くなりたいです」

つづく

※人物の名称は仮名です。

(写真/草野庸子)

五所純子(ごしょ・じゅんこ)
1979年生まれ。文筆家。映画や文芸を中心に執筆。著書に『スカトロジー・フルーツ』(天然文庫)、共著に『1990年代論』(河出書房新社)、『心が疲れたときに観る映画』(立東舎)がある。

以前の連載記事は下記のリンクから読むことができます
【第一回】ダンサー・君島かれんの野良知性
【第二回】ゴミ収集員【真弓】の物語(前編)
【第三回】ゴミ収集員【真弓】の物語(後編)
【第四回】【向精神薬】をパステルに包む彼女


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2019年12月号