サイゾーpremium  > 連載  > 五所純子「ドラッグ・フェミニズム」【第四回】/【向精神薬】をパステルに包む彼女
連載
五所純子「ドラッグ・フェミニズム」【第四回】

【五所純子/ドラッグ・フェミニズム】すべてを傷痕に変えたくて……ロアは向精神薬をパステルに包む

+お気に入りに追加

――覚醒剤、コカイン、大麻、向精神薬……クスリに溺れる女たちを嗤うのはたやすい。だが、彼女らの声に耳を澄ませば、セックスやジェンダーをめぐる社会の歪みが見えてくる。これは、文筆家・五所純子による“女とドラッグ”のルポであり、まったく新しい女性論である。

1902_P128-132_drug_1_520.jpg
↑画像をクリックすると拡大します。
(写真/草野庸子)
1902_P128-132_drug_2_520.jpg
↑画像をクリックすると拡大します。
ロアがくりかえしたリストカットの傷痕(上)と、彼女が服用しているさまざまな向精神薬(下)。(写真/草野庸子)

 犯罪被害者という人はいない。事件に巻き込まれたひとりの人がいるだけだ。彼女は被害者として報道された。「なんだ、ヤリマンじゃん」。周囲から誹られ無視された。彼女は恋愛をしていた。警察が来てからの記憶は混乱している。

 夏の夜、半袖から伸びた腕は傷だらけ。偶発的な不慮の跡でなく、意思を刻んだ規則的な傷痕に、見る者は痛み入る。血の色を浮かべて回復しきれない肉のどぎつさに恐縮するような、ミミズみたいに赤く腫れ上がった皮膚の厚かましさにあきれるような、傷の迫力に圧される。

「人を傷つけたくないから、自分を切りました」

 小学生のとき、初めてやった。家でカッターを取り、致命傷にならないように手首を避け、傷が人目に触れないよう二の腕を切った。

 がちゃがちゃと衝突する皿の音や、どすどすと回る掃除機の音が、ロアに響いている。母は鬱憤を物に当てつけ、ときおり怒鳴っては、一転して子に謝った。

 父は洋品店を営み、借金を膨らませた。事業縮小や経営破綻を恥じる父は、なかなか店を畳まない。ロアのお年玉は音もなく盗まれた。

 父母は金にまつわる喧嘩をくりかえして離婚した。ロアと兄は母子家庭で育った。昼はスーパーの品出し、夜はスナックのホステス、働きづめの母は留守がちで、思春期の兄は妹をよく殴りよく蹴った。

「くだらない理由です。ゲームで敵が倒せなくていらいらするとか。でも私のリストカットをたしなめたのは兄だけで、見て見ぬふりの父母より心配してくれてると思いました。中学になると私もいらいらが止まらなくなって、授業の合間にトイレで切りました。誰かに見つけてほしかったけど、誰にも見つかりたくなくて、血はトイレットペーパーで拭いて流してました」

 リストカットは、ストレスが生む自傷という行為であり、身体を使ったストレスの表現だ。ストレスの発露が、スポーツクラブでの自転車漕ぎなら健康だと、路上での軽トラック横転なら非行だと評価される。心身に起きたネガティブな変化を人に見せないという規範が強いほど、発散の場は隠される。人を巻き込んではいけないという倫理が強いほど、道具は自分に限られる。

 目に見えない緊張でちぎれそうな彼女は、自分自身をちぎって緊張を形にする。目に見えないものは不安だ。目に見えないものは形象化することで安らぐ。歌も、絵画も、文章も、写真も、数字も、貨幣も、刺青も、傷痕も。ロアは傷痕を「自分が痛がった印」とも「日々の楽しかったことの印」とも言う。忘れたくないことが詰め込まれている、ポエムやインスタみたいに。

「傷痕が薄れると、思い出が消えていくみたいで嫌でした」

セックスしまくれば薬は増えなかった


Recommended by logly
サイゾープレミアム

2019年11月号

Netflix(禁)ガイド

Netflix(禁)ガイド
    • SNS時代の【アメリカ】動画
    • ケガしても【拡散希望】の狂気
    • 海外ポルノ界の【全裸監督】たち
    • 本家【全裸監督】の海外での評判は?
    • 【小林直己】ネトフリで世界進出
    • 世相を反映【ディストピアSF】傑作選
    • 【A-THUG】が推すドラッグ番組
    • 下品なだけじゃない【恋愛リアリティ番組】
    • 【恋愛リアリティ番組】一挙レビュー
    • 【みうらうみ】ネトフリドラマグラビア
    • ネトフリ人気作の【エロ依存度】
    • 【人気作6作】のエロシーン検証
    • 【奈良岡にこ】再生数アップのサムネ術
    • 【スタンダップコメディ】作品のトリセツ
    • 【スタンダップコメディアン】が語るAマッソ問題
    • 【クィア・アイ】と女言葉翻訳の問題
    • 【差別語】翻訳の難しさ
    • 配信で見返す【90年代ドラマ】
    • タブーな【民法ドラマ】6選

収監直前ラッパーD.Oの告白

収監直前ラッパーD.Oの告白
    • 【ラッパーD.O】悪党の美学

NEWS SOURCE

    • 【関電スキャンダル】3つのタブー
    • 【あいちトリエンナーレ】騒動の余波
    • 【浜崎あゆみ】ドラマ化と引退疑惑の真相

インタビュー

    • 【松本妃代】──実は踊れる演技派女優
    • 【FUJI TRILL】──モッシュを起こすヒップホップDJ
    • 【Neon Nonthana & Eco Skinny】──カップルの日常ラップ

連載

    • 表紙/福井セリナ「ポッと入ったんです。」
    • 【石田桃香】紫に包まれる肢体
    • 【真帆】がいるだけで
    • 【日本】で新しいことができないワケ
    • 【萱野稔人】宇宙生物学と脳の機能から見る人間(後)
    • 追悼【高須基仁】という男
    • 不要な【アレンジ】おもてなし魂
    • 【Lizzo】女性MCたちの一斉開花
    • 町山智浩/【ハスラーズ】ストリッパーの逆襲
    • 【アメリカに依存する】日本のサイバー戦争対策
    • 小原真史の「写真時評」
    • 五所純子「ドラッグ・フェミニズム」
    • 笹 公人「念力事報」/TOKIOの晩年
    • おたけ・デニス上野・アントニーの「アダルトグッズ博物館」
    • 稲田豊史/【愛がなんだ】がヒットする日本のヤバさ
    • アッシュ・ハドソンの「アングラ見聞録」
    • 辛酸なめ子の「佳子様偏愛採取録」
    • 元エンジニアが作る【古代クジラ】を冠したビール
    • 更科修一郎/幽霊、TVの国でキラキラの延長戦。
    • 『花くまゆうさくの「カストリ漫報」』