サイゾーpremium  > 連載  > 五所純子「ドラッグ・フェミニズム」【第四回】/【向精神薬】をパステルに包む彼女
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五所純子「ドラッグ・フェミニズム」【第四回】

【五所純子/ドラッグ・フェミニズム】すべてを傷痕に変えたくて……ロアは向精神薬をパステルに包む

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――覚醒剤、コカイン、大麻、向精神薬……クスリに溺れる女たちを嗤うのはたやすい。だが、彼女らの声に耳を澄ませば、セックスやジェンダーをめぐる社会の歪みが見えてくる。これは、文筆家・五所純子による“女とドラッグ”のルポであり、まったく新しい女性論である。

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(写真/草野庸子)
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ロアがくりかえしたリストカットの傷痕(上)と、彼女が服用しているさまざまな向精神薬(下)。(写真/草野庸子)

 犯罪被害者という人はいない。事件に巻き込まれたひとりの人がいるだけだ。彼女は被害者として報道された。「なんだ、ヤリマンじゃん」。周囲から誹られ無視された。彼女は恋愛をしていた。警察が来てからの記憶は混乱している。

 夏の夜、半袖から伸びた腕は傷だらけ。偶発的な不慮の跡でなく、意思を刻んだ規則的な傷痕に、見る者は痛み入る。血の色を浮かべて回復しきれない肉のどぎつさに恐縮するような、ミミズみたいに赤く腫れ上がった皮膚の厚かましさにあきれるような、傷の迫力に圧される。

「人を傷つけたくないから、自分を切りました」

 小学生のとき、初めてやった。家でカッターを取り、致命傷にならないように手首を避け、傷が人目に触れないよう二の腕を切った。

 がちゃがちゃと衝突する皿の音や、どすどすと回る掃除機の音が、ロアに響いている。母は鬱憤を物に当てつけ、ときおり怒鳴っては、一転して子に謝った。

 父は洋品店を営み、借金を膨らませた。事業縮小や経営破綻を恥じる父は、なかなか店を畳まない。ロアのお年玉は音もなく盗まれた。

 父母は金にまつわる喧嘩をくりかえして離婚した。ロアと兄は母子家庭で育った。昼はスーパーの品出し、夜はスナックのホステス、働きづめの母は留守がちで、思春期の兄は妹をよく殴りよく蹴った。

「くだらない理由です。ゲームで敵が倒せなくていらいらするとか。でも私のリストカットをたしなめたのは兄だけで、見て見ぬふりの父母より心配してくれてると思いました。中学になると私もいらいらが止まらなくなって、授業の合間にトイレで切りました。誰かに見つけてほしかったけど、誰にも見つかりたくなくて、血はトイレットペーパーで拭いて流してました」

 リストカットは、ストレスが生む自傷という行為であり、身体を使ったストレスの表現だ。ストレスの発露が、スポーツクラブでの自転車漕ぎなら健康だと、路上での軽トラック横転なら非行だと評価される。心身に起きたネガティブな変化を人に見せないという規範が強いほど、発散の場は隠される。人を巻き込んではいけないという倫理が強いほど、道具は自分に限られる。

 目に見えない緊張でちぎれそうな彼女は、自分自身をちぎって緊張を形にする。目に見えないものは不安だ。目に見えないものは形象化することで安らぐ。歌も、絵画も、文章も、写真も、数字も、貨幣も、刺青も、傷痕も。ロアは傷痕を「自分が痛がった印」とも「日々の楽しかったことの印」とも言う。忘れたくないことが詰め込まれている、ポエムやインスタみたいに。

「傷痕が薄れると、思い出が消えていくみたいで嫌でした」

セックスしまくれば薬は増えなかった

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中学時代、ストレスを感じるたびに髪色を変えたというロア。取材時の髪は赤かった。(写真/草野庸子)

「私ってツッコミどころ満載なんでしょうね」

 髪を染める大胆不敵な子。そのくせ生徒会に所属する真面目な子。しょっちゅう保健室に行く病弱な子。人はロアの印象を定められずに恐れるのかもしれない。ロアはよく髪色を変えた。自由自在な変化は上級生の目に生意気に映り、廊下で「死ねよ」と囁かれた。今でも見知らぬ人に「なんだ、おまえ」と正体を問われる。「おっとり、マイペース」と通知表に書かれるロアは、気づけば複雑な立場に追いやられている。わからないものは恐いから早く手中におさめたい。だから、先を急いで誤解する、相手を小さくして叩く、力まかせにねじ伏せる。

「復讐はしません。『人に嫌なことをしたら自分に返ってくる』と母がよく言ってて、それが呪文になってます。というか、私はぼうっとしてて、やり返せないんです。3年前に検査して、後天的な発達障害だとわかりました。それと、IQが54しかなくて、知的障害の4度【註:障害の程度は4区分あり、1度が最重度、4度が軽度を意味する】に認定されたんです」

 反撃を封じる悪しき呪文が母の口癖なら、病名とIQ値と障害度数は困難を解き明かす良き呪文になった。彼女は54という数字を大切そうに口にする。

 初めて精神科を受診したのは14歳、スクールカウンセラーから勧められた。医師は患者が成人するまで病名をつけない方針だったため、IBS(過敏性腸症候群)、パニック障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)が指摘されるにとどまった。処方されたのはドグマチールという定型抗精神病薬。自分はうつ病だったとロアは考えている。

 副作用の吐気と眠気に襲われ、学校を休んだ。ずる休みだと噂が立ち、無理して学校へ行くと過呼吸を起こし、悪循環に陥った。「腕を切りたくなったら寝なさい」と医師から言われた。

 友達はチャットやmixiに見つけた。「はじめまして」「どこに住んでるんですか」「何歳ですか」、他愛ない質問から共通点を探る。「最近、太っちゃった。薬の副作用がつらくて」「何飲んでるの。私も飲んでる」。共通語にできるほど向精神薬が普及した時代の子どもたち。チャットで知り合った女子の話からリストカットに興味をもつ。mixiのリストカットのコミュニティに流れる。「また切った」「どうしたの」、悩みを相談しあう。

 この時期、ロアはmixiで出会った男性とセックスをくりかえしていた。

「誰でもよかったんです。相手の名前を全然おぼえてないんですよね。これも自傷行為でした。私、人の家に行くのがすごい好きで、自分の家に帰りたくなくて、セックスしまくってれば薬が増えることがなかったので」

メイドになりたい女子を搾取するメイド姿の男

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14歳のとき、性犯罪事件に巻き込まれ、その被害者として報道されたこともある。(写真/草野庸子)

 ひとつのブログが彼女を虜にした。レースとフリルとリボンにいろどられた妖しい乙女たち。ゴスロリ調で女児が描かれたイラストとともに、メイド服やセーラー服に身を包んだ男の写真もあった。“男の娘”の先駆け、一部の女子たちの人気を集めていた。

「絵がうまいなって。あとメイド服とか高くて買えなかったから、すごく憧れました。掲示板にコメントを書きこんだら、『会おうよ』ってすぐ連絡が来ました。中学3年のときです」

 メイドになりたい女子は、メイド姿の男に認められたかった。まるで被服心理学。ペアルックというより双子コーデ。白い羊の大集団で低まる自尊感情は、黒い羊の少数精鋭に飛び込んで高める。ゴスロリの様式的な猟奇性はSMやリストカットと親和性が高く、温かい受け皿のようだった。しだいにロアの傷痕は、ストレスの発露か、ファッションの装飾か、見分けがつかなくなっていく。

 船橋に住む27歳の男だった。渋谷駅ハチ公前で待ち合わせ、道玄坂のファミレスでパンケーキを奢ってもらった。「にゃんにゃんしようよ」という言い回しがわからないまま頷いた。円山町のラブホテルに向かう道すがら、セックスの意味だと察した。

「初めて好きになった人としたセックスでした。彼を独り占めしたいって気持ちはあったけど、他の女の子とも仲がいいのは掲示板を見てわかってました。彼は女性不信で、目に見えるものでしか愛情がわからないと言ったんです。『目に見えるものって何?』『お金』『そんなの、できない』『やっぱり。お前も他の女と一緒じゃん』。そう言われるとカチンときて」

 男の提示額は20万円。恋人に会うのに資金が必要。子ども相手に恋愛商法。恋愛という大義名分はことごとく搾取を正当化させてしまう。「中学生 バイト」と検索すると「中学生でもできる住み込みバイト」が表示された。全裸の写真を送るように言われ、暴力団関係かといぶかった。待ち合わせに指定された品川駅に行くと、電話で次から次へと場所を移動させられた。最後に辿り着いたのはホテルで、使い走りの男が待っていた。シースルーの衣装でポーズをとらされ、何枚も写真を撮られた。セックスをしている間、男性が感じやすい方法を指南された。演習と試験を兼ねた面接、淡々と終わった。一度だけ、肌が綺麗だと褒められた。

「危ない仕事だと思ったのでやめました。すぐに断るとやばそうだったので、その場では『やります』って言って、家に帰ってから『やっぱりやめます』って連絡しました。どういう仕事が待ってたのか、結局わかりません」

売春してブログの男に貢いだ14歳の女子生徒

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向精神薬を手放せないロアは、数年前、発達障害でもあることが判明した。(写真/草野庸子)

 すぐに援交掲示板をあたり、7人の買春者から計18万円を得た。

「1人、安くて3万、高くて7万。ドラマや映画では10万とか20万と描かれていたので、実際は安いなって驚きました。ふりかえって値段をつけるなら、10万とかつけたいです。自分のためには1円も使いませんでした。少しでも早く彼に会いたかったので」

 金は細かく渡した。金があれば男は優しかった。だからまた、と奮起する。ロアがどのように金を用意したか、男は一度も尋ねなかった。

「イイオジサンかワルイオジサンか、文面でわかります。タメ口とか絵文字の人は避けてました。だから危ない目にあったことないです。けど1回だけ、絵文字を使う人に連絡しちゃって。クリスマスに彼と会いたくて、早くお金を用意したくて焦ってました」

 彼女が独自に身につけた経験則は、予防線として弱すぎた。車に乗り、運転中の男にフェラチオをさせられ、後悔がちらついた。「車停めてくるから待ってて」と男の家の前で降ろされ、ずいぶん待たされた。森林公園のはずれ、クリスマス直前、冬の夜。よく見ると、その家はがらんどうのモデルルームだった。

「メールを送ったらエラーで返ってきました。つらすぎて、ブログの彼と話したくて電話しました。何度かけても出てもらえなくて、疲れ果てて」

 この1回をきっかけに、ロアは売春をやめた。手元に電車賃しか残っていなかったロアは、クリスマスにブログの男に会えなかった。そのまま中学を卒業して春休み、警察が家に来た。

「とっさに全部しゃべっちゃって、だんだんそれが正しいのかわからなくなって。私が警察署に呼ばれている間、保釈中だったんでしょうか、彼のブログが更新されてました。それから私は薬もリストカットも増えました」

 14歳の女子生徒とみだらな行為をしたとして、青少年保護育成条例違反でブログの男は裁かれ、のちに金銭強要の余罪も追求された。ロアは未成年の証人として衝立越しに法廷に立った。けれど、自分が証人だったのか被疑者だったのか、彼女はいまもわからないでいる。

 現在ロアは、月6万円の障害年金と、アルバイトで生計を立てている。病気で動けないことが多く、仕事は長く続けられない。「『大丈夫?』って気軽に言いあえる優しい関係」を求めて、シェアハウスやポリアモリーを実践するが、ときどき性愛で揉めてしまう。目的と方法がなかなか一致してくれない。

 これまで30種以上の向精神薬を試してきた。マイスリーはラリる。リスパダールは二度と飲みたくない。デパケンはやっと出会えた相性のよい薬だ。薬が好きなわけじゃない。薬を食わないと生きていけない。(つづく)

※人物の名称は仮名です。

(写真/草野庸子)

五所純子(ごしょ・じゅんこ)
1979年生まれ。文筆家。映画や文芸を中心に執筆。著書に『スカトロジー・フルーツ』(天然文庫)、共著に『1990年代論』(河出書房新社)、『心が疲れたときに観る映画』(立東舎)がある。

以前の連載記事は下記のリンクから読むことができます
【第一回】ダンサー・君島かれんの野良知性
【第二回】ゴミ収集員【真弓】の物語(前編)
【第三回】ゴミ収集員【真弓】の物語(後編)


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