サイゾーpremium  > 連載  > 五所純子「ドラッグ・フェミニズム」【第三回】/ゴミ収集員【真弓】の物語(後編)
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五所純子「ドラッグ・フェミニズム」【第三回】

【五所純子/ドラッグ・フェミニズム】薬物売買にさよならしたゴミ収集員・真弓の物語[後編]

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20代で3度逮捕され、札幌刑務所、栃木刑務所で服役した真弓は、獄中で妊娠が発覚し、堕胎手術を受けた。(写真/草野庸子)

 妊娠がわかったのは留置場だった。もしも産んだらどうなるか、真弓は警察官にたずねた。「産むのは自由だと思う」と前置きをされたうえで、「でも」と刑事収容施設法について教えられた。出産は移送先の病院でおこなう。つい数年前までは、分娩中も妊婦は手錠をはめられていた。法律上は子どもが1歳半になるまで育てられるが、実際は産後すぐに引き離されるケースが多い。女子刑務所は定員数を超えており、刑務官の人手も育児スペースも不足している。子の引取先は、3割が母の実家、7割が施設。里子に出された場合、面会などの許可が容易に下りるわけではない。――彼女には選択の自由があった。けれど、彼女の妊娠について、期待を説く者はおらず、不安を説く者しかいなかった。

「うっすら諦めてました。子どもは欲しかったけど、前に家庭がある人と交際してたときに堕ろしたことがあったので、またダメなんだろうなって。どうせ引き離されるのがわかってて、情をかけるのが怖くなりました。夫には手術を受けた後に手紙で伝えました。『なんで勝手に堕ろすんだ』『産んでほしかった』『水子供養にだけはいっしょに行けよ』と返事がきました。前に堕ろしたとき、友達が『あいつ、ふざけんじゃねぇ』って相手の方に怒ってました。もしこのとき周りに友達がいたら、やっぱり怒ってくれたかもしれません。自分を責めて完結させました」

 夫は「俺は変わるつもりはない」と言った。ずっと反面教師と生きてきたのだと真弓は気づいた。友人が「真弓は変わっちゃった。自分の話ばっかして、自分のことしか考えてない」と言った。刑務所ボケしてる自分に気づいた。離婚届をとりよせた。堕胎手術から出所するまでの約3年間、真弓の月経は止まっていた。

「やめられない」と言いたい自分がいた。「やめられない」と口に出す同類がいた。そんな彼女たちを「やめられた」人が束ねていた。出所後、断薬プログラムに参加して、真弓は少しずつ薬物から離れていった。

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出所後の真弓は薬物を断ち、現在はゴミ収集員として働く。(写真/草野庸子)

 真弓はもう薬を食っていない。しかし常習歴は長かった。子どもを産んだ場合、胎児に影響が出る可能性がないとはいえない。生んでみなければわからないともいわれている。

「責任を感じます。もしなにかあっても、他の子と同じように愛情をもって育てることができるんじゃないかと、想像してます」

 誘いを断りきれない真弓の、誘導尋問に応じやすい彼女の、語りが初めてほつれた。“私の子どもだから”と言わなかった。“他の子と同じように”と言った。子どもが自分の子どもだから愛せるのではない。子どもがどんな子どもだから愛せるのではない。子どもが子どもだから愛せる。ただそれだけ。いちばん単純な原理がここにあった。

つづく

※人物の名称は仮名です。

(写真/草野庸子)

五所純子(ごしょ・じゅんこ)
1979年生まれ。文筆家。映画や文芸を中心に執筆。著書に『スカトロジー・フルーツ』(天然文庫)、共著に『1990年代論』(河出書房新社)、『心が疲れたときに観る映画』(立東舎)がある。

以前の連載記事は下記のリンクから読むことができます
【第一回】ダンサー・君島かれんの野良知性
【第二回】ゴミ収集員【真弓】の物語(前編)


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