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五所純子「ドラッグ・フェミニズム」【第二回】

【五所純子/ドラッグ・フェミニズム】薬物売買にさよならしたゴミ収集員・真弓の物語[前編]

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――覚醒剤、コカイン、大麻、向精神薬……クスリに溺れる女たちを嗤うのはたやすい。だが、彼女らの声に耳を澄ませば、セックスやジェンダーをめぐる社会の歪みが見えてくる。これは、文筆家・五所純子による“女とドラッグ”のルポであり、まったく新しい女性論である。

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↑画像をクリックすると拡大します。(写真/草野庸子)

 女子はみな、一対一だと話せる奴なのに、集団になると圧力抑制プールみたいに息苦しい。それに比べたら、男子の露悪的なグラウンドのほうが気が鎮まる。そんな実感に加えて、真弓にはバイセクシャルだという自認があった。

「小学校に入る前、家族でアメリカに行ったとき、本屋でエロ本を見ました。裸で絡み合ってる男女のどちらにも私は興奮したんです」

 真弓が10代を過ごしたのはコギャル・ブームの全盛期。社会が制服姿の女子中高生を異常なまでに取り沙汰し、そこに活路を見いだした女子も多い。熱狂からはぐれた真弓が向かったのは、「雑誌の『BURST』(コアマガジン)や『危ない1号』(データハウス)を片っ端から読みました。暇なときは腕を線状に切ったりして、入れ墨をいれたのは19歳のときです」。悪に惹かれた。悪徳は逸脱した自分を受け止めてくれる気がしたから。悪辣さはすべてを壊して公平にしてくれる気がしたから。

 真弓の半生を一冊の本にたとえたら、目次の多さに圧倒される。家庭不和、母との諍い、家出とヤクザと覚醒剤、出会い系サイトで薬物売買、映画とLSD、恋人の失踪、心中未遂、元覚醒剤中毒の恋人、売人歴、2度の逮捕、東西の刑務所、収監中の妊娠発覚、更生施設での生活。真弓はわかりやすく目次ごとに体験を分けて語ってくれる。でも、誰がつくった目次だろう。彼女はそこにいない。彼女は目次の間に息を潜めている。

 幼くして両親が離婚し、母がすぐに再婚した。実父が去ったマンションに養父を迎えて、暮らし直される家。ジオラマに人形を置いて観察するみたいに、あの日の父母を理解で包みながら、あの日の自分を内省で整えながら。家族について語る真弓は、構文法のルートから外れず、言葉の行き先を見失わないように、慎重に、地道に、話し進める。

「実父も養父も荒れてました。実父は家族と別れなければいけない葛藤で、養父は別の男の子どもを受け入れなければいけない葛藤で。弟と妹が生まれて、母は私と下の子を一緒にいさせるのが心配みたいでした。母のしつけは厳しくて、小学生で5時すぎに帰宅すると引っぱたかれて、中学は門限7時、高校は門限8時。だから友達と遊んだことがなかったです。勉強しろって言われたら勉強してるふりしてました。夏にキャミソールで出かけたら、『そんな娼婦みたいな格好して。男と遊んできたんだろ』って言われたこともありました。まだ11歳で男性経験もなかったんですけどね。母にたいして好きとか嫌いとかはないです。小さい頃に苦しいことが多かったせいか、母の考え方を肯定的にとらえる癖がついてるんです。母が弟妹に怒鳴ったところは見たことないです。怒鳴られる原因は私にもあったと思います」

 模範解答だ。真弓は口頭試問をクリアする。彼女の回想を聞いていると、いかにもルポルタージュに登場しそうな、いかにもカウンセラーが評価しそうな、いかにもワイドショーで軽蔑しそうな、いかにもアカデミアが標本にしそうな、いかにもゴーストライターが模倣しそうな、元不良女の更生語りだった。家庭環境に恵まれず、母親に憎まれ、演技を鍛え、素行を悪くし、人里を離れ、他人を許し、自分が赦されていく。あまりにも型どおりで、誰かに喋らされてるみたいに型どおりで、痛ましくなるほどだ。こんなのなぞってたまるかと、書き進める手を止めたくなる。

 でも、これが、今の彼女に必要な物語なのだと思い直す。かつて10代の真弓は「ハードな話が好きで、シド・ヴィシャスみたいなことを気軽にやらかしたかった」と、もはや伝統的な自暴自棄の術によって自分を確かめた。同じように、35歳の真弓は語りの定型性に身を預けることで、自分を回復させているのだ。物語は彼女を慰める。反復は彼女を座らせる。たとえ、それが借り物であっても構わない。真弓はこれまで何度も語り直したに違いない。ときには友人たちの前で自分を道化にしたこともあった。けれど今は、自分をたったひとりの聴衆にして、自分のために物語る。

「母はマクドナルドのアルバイトや保険会社のパートをしてました。菓子職人の実父よりも、大学職員の養父のほうが経済的に安定していたようで、木造のアパート、鉄筋のマンション、一軒家と、大きくなっていく家を憶えてます。手料理を食べた記憶はほぼないです。一日1000円渡されて、朝は家にあるパン、昼は学校給食、夜はコンビニで買ってました」

「母の料理、食べたかったです」と呟いた。すると、「味つけ肉を炒めたのを横からつまんだ記憶はあります」と母の失点を補った。そして、「母方の祖母が料理上手で、ときどき食べに行ったり料理を教わったりしてました」と母の穴を埋めた。母の三段活用。

「母はお嬢様とまでいかないけど、祖母が上品な方だったので、私のことも品良く育てたかったんだと思います。でも母は頭ごなしに抑えつけて、私の言い分をまったく聞いてくれなかった」

 あなたが私を誇りに思えないなら、私はますます誇らしくない人間になって、あなたの期待に応えてみせる。期待には2種類あって、希望から膨らむのと、不安から肥えるのと。真弓はしごく忠実に母の不安を実現していった。おそらく母も祖母にそうしたのだと、真弓はもう勘づいている。けれど、まだ言葉にはしない。いずれ真弓は聴かせるだろう、女3代の物語を、自分に、あるいは子に。――親子丼をつくるには。米は1合40円。卵は1個20円。鶏肉は100グラム100円。玉ねぎは1個30円。

ヤクザの舎弟に覚醒剤を打たれた家出少女

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真弓は16歳で覚醒剤を初めて摂取し、19歳でタトゥーを入れ始めた。(写真/草野庸子)

 薬物のことは知っていた。本や映画でたくさん浴びて、脳内に取り込んだ。体内に摂取したのは16歳のとき。母と衝突して家出した。出発地は練馬、目的地は青森。実父の家の所在地を104のオペレーターから聞き出した。素足に健康サンダルで自転車に飛び乗る。所沢を過ぎ、日和田山を越え、東松山まで来ると自転車を川に投げ捨てた。金属の骨がぐしゃぐしゃに折れて、わるい音はちょっと愉しい。足の皮膚はずるずるに剥けて、わるい自分はちょっと愛しい。

「鈍行列車を乗り継いで、すぐに鉄道警察に保護されました。『母が暴力的なんです』って少し盛って話したら、『私たちがサポートするからね』って、すごく優しくしてくれて。父に連絡をつけてくれたり、ダイヤを細かく調べてくれたり。『何も食べてないんでしょ』って、サンドイッチを買いに走ってくれた制服の方をよく憶えてます」

 真弓は人を指すときに“方”と敬語的な表現をする。祖母でも、鉄道警察官でも、恋人でも、初めて自分に麻薬を打った男でも。いかなる関係性であろうと、すべての人を丁重にあつかう。敬いの裏に恐れが貼りついている。

 父の家に暮らし変えて数日後の夜、真弓は散歩に出かけた。人でも獣でも、見知らぬ土地でまずやることはマーキングだ。「なにしでんの」、地元の男に見つかった。「なんもしてない」「あそびいごうよ」。

 サーファーとヤンキーの中間みたいな格好をした男。白いシーマの改造車。ドライブの途中でホテルに入ると、男は「どうする」と覚醒剤と注射器を出してきた。初回から玄人並みの量を打たれたのだと、今ならわかる。でも16歳の真弓には、本や映画で聞きかじったワンシーンにしか見えない。気づいたら、口ばかり動かしていた。学校の不満や知人の愚痴をまくし立てるように自白していた。男は腰をすえたまま、真弓をじっと見ていた。たった1分を1時間に感じた。それから一昼夜、セックスに耽った。

 ひとつ呼吸を置いてから、真弓はトーンを変えずに言葉を継いだ。

「私は断るのが怖かったのかもしれないです。青森で暮らすつもりだったし、そこで初めてできた友達みたいなものだったし、早く順応したほうがいいだろう、誘いに乗っても大丈夫だろうって。本当はストレスを感じていて、だから目の前のことを無理やり正当化したんだと思います」

 男の声を憶えている。彼は訛りがきつかった。首都のほうから来た女に合わせて、標準語を話しているつもりでいるらしかった。でも真弓は訛りのなかの感情まで聞き分けられない。あのとき、彼が怒ったり脅したりしていたとしても、真弓にはただの素朴な男に映っていた。後日、彼の家で覚醒剤をまたやった。スーツ姿の男がやって来て、喧嘩で手柄をあげた話に興じだした。真弓は横たわったまま、男2人をじっと見ていた。ぼんやりした意識のなかで絵解きした。スーツの男はヤクザで、自分を誘った男はその舎弟なのだと。

処方された向精神薬を出会い系サイトで売る

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10代の頃、出会い系サイトを介して会った男たちから、覚醒剤、LSD、MDMA、大麻……とさまざまなドラッグを手に入れた。(写真/草野庸子)

 黒髪ボブの女が威勢よくヘロインで死にかける『パルプ・フィクション』、不況に陥った国で青年たちがヘロインにはまる『トレインスポッティング』。16歳の真弓と20歳のバンドマンに授けられた90年代の映画。母に呼び戻され、真弓は練馬に戻った。高校をやめ、通信制の学校に編入し、コンビニでアルバイトを始めた。バイト先で出会ったふたりは趣味が合った。いっしょに薬を食った。

 スタービーチという出会い系サイトと、「いろんな組の代紋をダウンロードもできる、ヤクザと出会えるサイト」。掲示板に書き込むと、男たちがセックスを目的に返信をよこした。真弓の目的はあくまで「薬を売ってくれる方」。ホテルで真弓が先に酩酊すると、「セックスの役に立たない」と怒って真弓を追い返す男がいた。独学で調合したエクスタシー系のドラッグを、「一回吐けば大丈夫」と真弓に試飲させる男がいた。いろいろな男と会った。いろいろな薬を食った。大麻、LSD、MDMA、覚醒剤の順で好きだった。薬は男たちから買ったり貰ったり。恋人にあげるときは「知り合いがくれた」と嘘をついた。

「学校はおろそかになって、やめました。あのとき、覚醒剤ばかりにならなかったのが救いかもしれないです」

 現在の真弓にはわずかに後悔がにじむ。塗り替えられない記憶を手なずけて、落ち着き払おうとする。けれど、過去は待ったなし。粛々と迫ってくる。

 17歳、出会い系サイトをきっかけに付き合った男が、行方不明になった。失調をきたした真弓は精神科を受診する。病名は統合失調症、処方薬はハルシオンとデパスとロヒプノール。手に入れた向精神薬を出会い系サイトで売り始めた。顧客を続けながら、売人デビュー。売人なら良い手本も悪い手本もさんざん見ていた。買ったり貰ったり流したり配ったり売ったり。

「私はバイトが長続きしないので、売ったお金は生活費にあてました。治療薬についての分厚い本を読んで、医者にどう言えばどういう薬が貰えるかわかってきて、睡眠薬も抗うつ薬も興奮剤も出してもらうようになりました。売るときは駅のホームや人混みで、手渡してすぐ別れます。お客さんは10代から50代まで。自分で病院に行くのが面倒くさいとか、病歴に記録されるのが嫌だとか、理由は何にしても、お金がある方たちでしょうね。私が10錠300円くらいで仕入れたハルシオンを、2万円で買うんですから」

 いかにもぼろ儲けだが、金にまつわる真弓の口調はあっさりとして頓着がない。金銭的な利益を上げた功績よりも、薬物を売買するために動いた足跡のほうが健気にあらわれる。医者に会って、客に会って、買って、売って、買って、売って、やがて薬と金が釣り合ってきて、取引が成立して、価値が安定して。真弓は売買という原理を拠り所にしたのではないか。彼女が動けば動くほど、薬と金の市場が立ち現れて、その絶え間ない交換のなかに永久に住んでいられる気がして。欲しかったのは、ひと匙の悪と、単純な原理。――違法薬物を売りさばくには。ハルシオンは10錠2万円。シャブは10グラム1万8000円。万札は1グラム1万円。

「18歳のときに元ポン中(覚醒剤中毒)の方と付き合って、彼は『やめれるよ。俺もやめれたから。いっしょにやめよう』って言うんです。そんな方は初めてだったので新鮮でした。自分が大事にされてる感じがあって、そのことがいちばん強くて、幸せという感覚を初体験しました。クスリのことはずっと思い出してました。でも、彼やその周りの人と遊んでたら薬を忘れてる時間が増えてきて、そういう時間のほうが自然とくつろげて、気づいたらやめれてました」

 この後、真弓はこつこつと売人に育っていく。

(つづく)

※人物の名称は仮名です。

(写真/草野庸子)

五所純子(ごしょ・じゅんこ)
1979年生まれ。文筆家。映画や文芸を中心に執筆。著書に『スカトロジー・フルーツ』(天然文庫)、共著に『1990年代論』(河出書房新社)、『心が疲れたときに観る映画』(立東舎)がある。


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