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お騒がせ男の"最初で最後の懺悔録"──高須基仁 の「全摘」 No.22

やしきたかじんは、私に嫉妬していた……バーニング化した情報番組に未来はない

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──年齢不詳、職業不明、痛風持ち……老獪タカスが、自らの五臓六腑をすする気合で過激に告白&提言

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この連載コラムや対談など、7年分のテキストをまとめた『全部摘出[ゼンテキ]』(展望社)の出版を記念して、2月21日、銀座のライブハウス「まじかな」でパーティを開催します。50名限定です。詳細はブログで告知します。

 10年以上前、読売テレビの情報番組『あさリラ!』に3年ほど、週1回レギュラー出演していた。毎回新幹線の始発で通っていた。6時半ごろ東京駅を出発し、9時ごろ新大阪に着いた。毎週そのスケジュールはキツかったが、MCの村上順子アナが美人だったこと、自分の宣伝になると思ったことから「交通費だけでいい」とノーギャラで引き受けた。当時、東京のワイドショーに嫌気が差していたことも出演を決めた大きな理由だ。事務所の顔色ばかりうかがい、須藤甚一郎、石川敏男ら“物言う”芸能レポーターの排除が始まっていたからだ。

 石川は、「高須さん、大阪なら好きなことが言えますよ」と言った。

 私の毒舌が受けたのだろう、出演から1年ほどたつと、新大阪の駅に「高須待ち」のおじさんおばさんが20人くらい集まるようになった。お菓子などくれて、けっこう人気があった。それを見たやしきたかじんが私を番組に呼んだ。『たかじんONE MAN』と『たかじんのそこまで言って委員会』に合計5回ほど出た。

 初めてたかじんの番組に出たときは衝撃的だった。スタジオに入ると関西の芸人らが座って待っている。「いつ始まるんだろう?」と思っていたら、たかじんが現れ、いきなり始まった。「スタート!」の声はない。「これ始まったの?」と私。誰も答えない。いきなり始める、これがたかじんのスタイルだった。唖然としたまま50分間。早口、大声、大阪弁で何を言っているかわからない。その話術に聞き惚れた。

 しかし、2回目の出演時に、「こいつより私のほうが頭がキレる」と感じた。3回目から「圧倒的に私のほうが面白い」と確信した。事実、私が出ると視聴率が上がった。

 たかじんの芸能の裏ネタは、ステレオタイプだ。ほかの番組やスポーツ紙、週刊誌の延長線でしかなかった。私は当時、藤田朋子、林葉直子、天地真理、三浦和義、野村沙知代……あらゆるスキャンダルを背負っていたのでリアル感があった。話し方も、たかじんはストレート。私のような言葉遊びやのどに小骨が刺さるような言い回しを嫌がった。

 だから、たかじんは、私の才能に嫉妬していた。後日、読売のプロデューサーに聞くと、本当は私をもっと呼びたかったが、たかじんが嫉妬するので、代わりに顔が似ている勝谷誠彦を呼んだと言っていた。勝谷は読売系に行けば右寄りな発言をし、朝日系に行けばリベラルな発言をする、内股膏薬の最たる人間だ。たかじんとうまくいくはずがないのに。

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