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宇野常寛の「現代用語の『応用』知識」第3回

OL目オチャクミ科マケイヌ属「ドリカム症候群」

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 この曲がはやっていた頃、私は田舎のいち中学生で、初めて聴いたときも「失恋の歌だな」としか思わなかったのだが、今聴くとどう解釈しても相手の男にとってヒロインは本命じゃなくて、にもかかわらずヒロインは相手にぞっこんで、そんな重さに耐えかねて男のほうが離れていった、というストーリーが細部まで想像できてしまう(しかもヒロインはその構造に気づいていない)。この曲単体で聴いてもそうは思わないかもしれないが、デビューアルバムから通して聴いていると、そうとしか思えなくなってくるから不思議だ。

 無論、これは私の妄想が半分以上入っているのだろうが(笑)、実際、そう思ってしまったのだから仕方がない。たとえば往年の名曲「晴れたらいいね」。私は朝ドラ好きなので、当然まだその存在自体が痛くなる前の石田ひかりが主演した『ひらり』を見ていた。渡辺いっけいは当時まだ二枚目俳優の扱いだった。石田の演じる江戸っ子気質のヒロインの活躍を毎朝楽しみにしていて、「晴れたらいいね」は、そんなドラマのイメージにぴったりのさわやかな曲だとずっと思っていたのだ。だが、今聴き返してみると、これも永遠の不倫女の怨念ソングにしか聴こえない。

 ヒロインは、一般職のお茶くみOL。60年代後半生まれで、テレビの中のバブリーな世界に憧れながらも、実のところは恋愛結婚&永久就職しか考えていない。そんな彼女は職場の上司と不倫中。普段は平日夜に数時間しか会えないが、その日は奥さんが同窓会で子供を連れて出かけてしまっているので、なんと二人で山へピクニックに。相手には家庭を壊す気はさらさらないことはわかっていても彼女はすっかり舞い上がってしまい、朝5時に起きて手作り弁当をこしらえる。そして、山道を大はしゃぎで歩き、「ホラ、こっちおいでよ」と後ろ歩きで手を叩き、少し引き気味の男に微笑みかける──そんなストーリーが瞬時に脳内で完成した。

「そういえば当時、ドリカムを聴いていた人たちって、どこへ行ったんでしょうね?」

 そんな感じで対談は終わり、私たちは帰路に着いた。

 そして数日後。ある打ち合わせで某代理店に出かけた私は、そこで多分吉田美和と同世代の独身女性(国生さゆり似)のAさん(仮名)と久しぶりに顔を合わせた。先日の対談の話をしたら、いわゆる「バリキャリ」のAさんは身を乗り出して言った。「私、ドリカム大好きなんですよ。カラオケ行ったら必ず歌います!」

 ──その日は夜の打ち合わせだったこともあり、その後私を含む数人で居酒屋からカラオケボックスへと流れた。宴会キャラのAさんは常に女石橋貴明的なノリで場を仕切り、そしてマイクを握り続けていた。十八番のナンバーは「決戦は金曜日」と「何度でも」。この20年、"少し気が多い私"なりに泣いたり笑ったりし続けてきたであろうAさんの熱唱を聴きながら、私はバブルという時代が残したもの、そして今更『おひとりさまの老後』が70万部売れてしまう日本「男性」社会の身もフタもない現実について、結構真剣に考え込んでしまった。そしてとりあえず、私にできることは、「何度でも」のクライマックスで彼女と一緒に思いっきり叫んであげることだけだった……。


<使用例>
(アフター5のOL愚痴飲み会で)
「なんであの人、あんな男と別れないんだろうね」
「仕方ないよ、ああいうのが耐える女でいじらしいって思っているんでしょ?」
「なるほど、ドリカム症候群多いもんね、あの世代」
「恋愛の話しかしないもんね、結局」


<関連キーワード>

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『おひとりさまの老後』
実は男尊女卑的かつ保守的な世界観をもつ彼女たち。「おひとりさまの老後」を獲得するためには、まずそこから改めないと厳しいかも。

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『ひらり』 一見男勝りで快活な美少女が「角界」という男社会に挑む物語……だけどその目標は医者の男をGETすること! 今見返すと示唆的。

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『コンカツ・リカツ』 そんな「ドリカム症候群」たちの戦いを描いた、隠れた名作がコレ。でも主題歌はリンドバーグの「今すぐKiss me」……意味深!

宇野常寛(うの・つねひろ)
1978年生まれ。企画ユニット「第二次惑星開発委員会」主宰。ミニコミ誌「PLANETS」の発行と、雑誌媒体でのサブ・カルチャー批評を主軸に幅広い評論活動を展開する。著書に、『ゼロ年代の想像力』(早川書房)がある。本誌連載中から各所で自爆・誤爆を引き起こした「サブ・カルチャー最終審判」は、今秋書籍で刊行予定。


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