サイゾーpremium  > 連載  > 稲田豊史の「オトメゴコロ乱読修行」  > オトメゴコロ乱読修行【28】/【ブルーバレンタイン】夫婦関係の破綻は避けられぬ受難

――サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が、映画、小説、マンガ、アニメなどフィクションをテキストに、超絶難解な乙女心を分析。

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 筆者が会社員だった10余年前、当時40代の取引先男性がこんなことを言っていた。「共働き夫婦が結婚して1~2年もたてば、仕事の愚痴以外に話すことも一緒に取り組むこともなくなるから、注意したほうがいいよ」。当時は彼のことを寂しい男だと密かに鼻で笑ったものだが、“夫婦ホラー映画”の傑作『ブルーバレンタイン』を観た後では、そうも言っていられなくなる。

 物語は、ペンキ塗りとして働くディーン(ライアン・ゴズリング)と看護師であるシンディ(ミシェル・ウィリアムズ)の夫婦仲が冷え切った挙げ句に破綻する現在と、2人が出会って愛が育まれる5年前の様子が、同時進行で描かれる。

 終盤、2人が修復不可能な衝突を経てボロ雑巾のようにクタクタになるシーンと、完璧な未来を手に入れた気になって幸せに浸る2人の結婚式のシーンが代わりばんこに描かれる残酷さったら、ない。夫婦仲がよろしくない男性諸氏もしくは離婚経験男性は、楽しくない深酒必至である。

 ただ、ディーンとシンディはごく普通の善良な市民だ。2人とも他人と愛を育めないような性格破綻者ではない。どちらかが浮気や借金や犯罪に手を染めたわけでも、人生に怠慢だったわけでも、重大なミスジャッジをしたわけでも、精神に患いが生じたわけでもない。

 つまり本作のどこがホラーかといえば、罪がないのに罰が下る点である。我々は映画を観終わってから何時間考えても、この夫婦が壊れた原因がわからない。わからないのに、「花はいつか枯れるもの」と同じレベルで「夫婦とは破綻するもの」と妙に納得してしまう。実に恐ろしい。

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