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哲学者・萱野稔人の"超"哲学入門 第20回

近代国家ができる前には人類は平和な生活をしていた、という考えは誤りである

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(写真/永峰拓也)

『悲しき熱帯I・II』

クロード・レヴィ=ストロース(川田順造・訳)中公クラシックス/1450円(Ⅰ) 1550円(Ⅱ)+税
フランスの文化人類学者レヴィ=ストロースが、1930年代の若き日にブラジル奥地のインディオを訪れた旅の記録を自らの思想形成の回顧とともに綴った書。紀行文学としても高く評価され、世界的なベストセラーとなった。

『悲しき熱帯I・II』より引用
 これらの群れは、互いに敵意を持ち合わせていただけでなく、私に対しても険悪だった。〈中略〉のっけから、私の贈り物は懇願されるというより要求された。〈中略〉幸いなことに第二の群れが翌日到着し、先住民たちは彼らの敵意を差し向ける対象を、第二の群れに見出したのだった。〈中略〉威嚇の身振りが行われ、時には喧嘩さえ起こったが、それに加わらない者たちが仲裁に入るのだった。〈中略〉だがこの時は、夜明けには鎮まった。それから、相変わらず露わにされた悪感情の中で、全く優しさを欠いた仕草で、敵対者たちは互いに互いを検分し始める。〈中略〉この和解の視察は、葛藤の決着が付いたことを示している。確かにそれは、集団のあいだに他の種類の関係、つまり商取引を導入する。〈中略〉こうしたことを考えれば、交換が済んだ時、当事者の一方の集団がその取り分に不満なまま引き揚げ、何週間も何ヶ月ものあいだ〈中略〉不快感を鬱積させて行き、それが次第に攻撃的な感情に変わって行くとしても驚くには当たらない。しばしば、戦はこうしたことが原因で起こる。無論他にも、殺人とか、誘惑や復讐が目的の婦女略奪などが原因になることがある。

 近代国家や資本主義ができるまえ、人間はもともと平和的で牧歌的な暮らしをしていた、と考える人は少なくありません。近代国家や資本主義ができたからこそ、人間は大規模な戦争をするようになったのだし、物欲を肥大化させて他人を搾取するようにもなったのだ、と。私たちが里山の生活を理想化するのも、そこでは人びとが自然と共生し、たがいに協力しあって生きてきた(はず)というイメージがあるからですね。

 この発想がさらに進むと、原始社会こそが人間にとっての理想だという考えになります。18世紀にフランスで活躍したジャン=ジャック・ルソーは、諸悪の根源は人間の文明そのもののなかにあると考え、文明社会ができる以前の人間の状態を「自然状態」として理想化しました。また、カール・マルクスは、支配も搾取もない原始社会の状態を「原始共産制」と呼び、人類は資本主義社会のあとにその共産制を高次のかたちで復活させるべきだと考えました。その考えは共産主義思想として20世紀の社会運動や国際政治に多大な影響をあたえました。

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