サイゾーpremium  > 連載  > 社会学者・橋爪大三郎×宗教学者・島薗進「日本人とイスラム教」
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【特別対談】現代日本と宗教の関係Ⅲ

【社会学者・橋爪大三郎×宗教学者・島薗進】イスラム教と仏教とキリスト教は何が違うのか?

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――社会学の第一人者・橋爪大三郎と、宗教学の第一人者・島薗進。2人の泰斗による「人類の衝突」をテーマにした対談も、第3回に入った。イスラム過激派との対立をめぐる国際問題は、いまだ解決の糸口が見えず、多くの事件を引き起こしている――。

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【第二回「現代日本と宗教の関係」はこちら】

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(写真/江森康之)

  今回の主要テーマは、イスラム教と仏教。いずれも人類の文明を理解するためには避けて通れない宗教だ。だがイスラム教は日本人にとっては容易に把握しにくく、仏教はというと身近に存在するわりには、深層を理解している日本人は多いとは言い難い。この二大思想を2人はどのように捉えているのか?今回はいつになく両氏の見解も分かれ、白熱の対談となった。侃々諤々の議論を誌上再現する。

島薗 この対談では、これまでキリスト教や儒教の話を多くしてきましたが、今回は仏教やイスラム教の話をしてみたいのですが、いかがでしょうか?

橋爪 賛成です。

島薗 2015年1月にイスラム国に日本人が殺害されるという事件が起こりました。これまではどちらかというと、イスラムを味方と感じて欧米とは一線を画していると自らを定義していた日本人もいると思うのですが、どうもそういう距離関係は、これからは維持できなくなりつつあるような気もします。

橋爪 おっしゃる通りですね。ただ、日本人全体としてはそれでも、イスラムはよく理解できないという感覚を持っている人が大部分だと思います。

 これまでイスラムについて真剣に考えようとした日本人は、いなかったわけではありません。ただ、その広がりは、ごく限定されていました。その理由は、イスラムを理解する補助線が少なかったからだと思います。日本人がよく知っているその補助線には、仏教、儒教、それから日本ローカルな神道、ほかにキリスト教などがありますが、これを足し算や引き算してもなかなかイスラムには届かない。そのことを考えるため、イスラムを理解しようと努力した最初の日本人のことを話したいと思います。大川周明の話は、これまでに出ていないですよね。

島薗 確かに出てないですね。

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イスラム国に拘束された後藤健二氏(左)と湯川遥菜氏。イスラム国による声明動画は多くの動画共有サイトにアップされた。

橋爪 大川周明は民間人ではただひとり東京裁判でA級戦犯として裁かれたことで知られていますが、コーランを全訳するなど、イスラムと真剣に向き合った思想家というのが本当の姿です。大川周明の著書で『復興亜細亜の諸問題』(中公文庫)というのがありますが、非常に精密にイスラム世界の現状を分析している。彼の著作は100年前の植民地経済学者の本ながら、アフガニスタンやペルシャあたりの現状分析は、固有名詞を現在のものに取り替えれば、いまでもそのまま使えるのではないかと思うくらいクオリティが高い。こういうイスラム理解の努力をした人が、戦前戦中の言論界において一定の影響力を持っていたんですね。なぜかといえば、当時の大日本帝国が勢力圏を広げることで、フィリピンやインドネシアやマレーシアでイスラムと向き合わなくてはならなくなったんです。国からも研究費が出た。その最も優れたオーガナイザーが大川周明だったと思うんです。

 そういう流れだったので、戦争に負けて大東亜共栄圏が夢とついえ、勢力範囲が縮小したら、イスラムを理解する必要性はなくなってしまった。イスラム学者は、日本の言論界では大きな力を持たない、小さなサークルのようになってしまいました。結果として、戦後はイスラムへの興味が忘れ去られたような状態で過ぎてきて、9・11以降グローバル社会に合わせて日本もようやくまた関心を持つようになったという、だらしない状態だと思うのです。

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