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町田 康の「続・関東戎夷焼煮袋」第28回

【イカ焼】――そして私は手の中のイカ焼の熱さに戦いていた

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――上京して数十年、すっかり大坂人としての魂から乖離してしまった町田康が、大坂のソウルフードと向き合い、魂の回復を図る!

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photo Machida Ko

 長い思索と行動の果て。あるときは懊悩し、また、あるときは神変不可思議としか言いようのない般若の智慧に導かれて新大阪駅構内の元祖・イカ焼にたどり着いた私は、いよいよイカ焼を註文した。

 さあ、私はどのイカ焼を註文しただろうか。もちろん、それを知るためにはまずその基礎を知らなければならず、考えるまでもなく、私は変奏されたイカ焼ではなく、主題・テーマとも言うべき、元祖・イカ焼、を註文した。

 そのことによってイカ焼の根本の味を味わうことができる。それを知らずしてポン酢味、明太マヨ、といった変わり味を愉しむことはできない。なにごともまず、基礎・基本から学ばなければならないのである。

 扨。そしていま私は、註文した、とあっさり言ったが、誰に註文したのだろうか。いうまでもない、カウンターの向こう側に、たった一人でいる店員さんに註文をした。

 さあ、その店員さんは どんな店員さんだっただろうか。

 まあ、普通の感覚で言えば、普通の店員さんである、と思うだろう。けれども私はその店員さんは私に強い印象を与えた。

 まず、いまも言ったように、その店員さんはカウンターの向こうでたった一人でいた。つまり、註文を聞くのも、それを作るのも、それをお客に手渡すのも、お金を受け取るのもたった一人でおこのう、ということである。

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