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神保哲生×宮台真司「マル激 TALK ON DEMAND」 第95回

朝日新聞が終わった日、そしてリベラルの行方

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ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地

――一連の騒動により、部数のみならず、その信頼をも失墜させた朝日新聞。国内唯一無二のクオリティペーパーともてはやされるも、今やその影もない。だが、そもそも朝日新聞の記事は、本当に"リベラル"で"高品質"なものだったのか? 今回は、巷間かまびすしい「朝日問題」を踏まえつつ、日本におけるリベラルと言論の自由を考えてみたい。

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『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』(紀伊國屋書店)

[今月のゲスト]
中野晃一[上智大学国際教養学部教授]

神保 元朝日新聞の記者が教員として勤務している北星学園大学と帝塚山大学に対し、彼らを退職させるよう迫る脅迫状が届くという事件がありました。今回は言論の自由をめぐる危険な状況と、日本のリベラルの現状について議論していきたいと思います。

宮台 歴史のなかで言論と暴力の戦いは何度も繰り返されており、このモチーフ自体は新しくありません。そのなかで今日的な要素は何か、と考えることがポイントになるでしょう。

神保 ゲストは上智大学国際教養学部教授で国際政治学者の中野晃一さんです。まず、事件の経緯を整理しておきましょう。

 ひとつは今年5月と7月、北星学園大学に対し、非常勤講師の植村隆氏を辞めさせなければ、学生を傷めつける、釘入りガスボンベ爆弾を仕掛ける、といった内容の封書が届いた事件。そもそも植村氏は3月に朝日新聞を退社する際に、神戸の別の大学に勤務することが内定していたのですが、植村氏の従軍慰安婦報道に関連して、「週刊文春」(文藝春秋)にこれを批判する記事が出るなどしたために、内定が取り止めになった経緯があります。

 もうひとつは、今年9月、帝塚山大学に対し、やはり元朝日新聞記者の清田治史教授を辞めさせなければ、同様に学生を傷めつける、釘入りガスボンベ爆弾を仕掛ける、といった内容の封書が届いた事件で、清田教授は自主退職しました。

 植村氏、清田氏は共に朝日新聞で従軍慰安婦報道に深くかかわった人物で、そのために脅迫を受けたり、職を追われたりするような事態になっています。中野さんご自身も大学教授ですが、どのように受け止めていますか?

中野 メディアに出ている学者やジャーナリストの多くが、個人宛の嫌がらせメールや封書程度は経験していると思います。今回の事件は、所属している大学を脅して居場所を奪うことで社会的に抹殺しようと図っている、という点で極めて悪質なものです。植村氏については、一度別の大学で内定取り止めになった上に、微々たる収入しか得られない非常勤講師であることすら許さないという、犯人の底意地の悪さを感じます。

宮台 戦前右翼の発想からすれば、本人以外の人たちを巻き込んで脅すという「卑怯」で「恥さらし」なやり方です。今回の事件は、元一水会代表の鈴木邦男さんが昔から繰り返し主張してきた「右でも愛国でもない」というものに相当します。こうした卑怯者は日本の恥さらしです。

中野 いずれにしても、朝日新聞に対する偏執的なこだわりには大変なものがある。私には朝日新聞は必ずしもリベラルな新聞とは思えないので、外国人などには「モデレートな(穏健派の)新聞」と紹介しています。しかし今回の事件の犯人やその行動に同調するような人たちにとって、朝日新聞はリベラルのシンボルであり、屈服させるべき対象なのでしょう。

神保 そのような「朝日に対する偏執的なこだわり」は、なぜ存在するのでしょうか?

中野 ひとつの側面として、日本には権威あるクオリティペーパーといえるものが朝日新聞しかない、ということがあるかもしれません。読売新聞はクオリティペーパーになれずにきている歴史を持ち、また特に近年は自民党政権に寄っている。言論を支配したいような立場にとって、NHKと朝日の2つの砦をおさえることには大きな意味があるのでしょう。

 慰安婦問題に関する安倍政権の首相や閣僚の発言を聞いていると、ある意味で朝日新聞は過剰評価されています。彼らの言葉では、あたかも朝日新聞の報道によって初めて世界が慰安婦問題を知ることになったかのようです。

宮台 経緯を確認すると、83年吉田清治『私の戦争犯罪』上梓の際に話題にならなかったのが、91年8月に韓国で元慰安婦を名乗る女性らが現れ日韓で問題化、同年12月彼女らが東京地裁に提訴する。これに応じて朝日が92年1月に問題の吉田証言記事を載せたものの、半年後の7月、秦郁彦氏が「諸君!」(文藝春秋/休刊)、「正論」(産業経済新聞社)に現地取材を経た反証記事を書き、勝負がついた。これとは別に、やはり慰安婦提訴に応答する形で吉見義明氏が92年に一連の軍公文書を公然化。以降は研究者らの慰安婦研究が本格化するものの、すでに勝負がついた吉田証言を資料とする研究はひとつもない。だから93年8月の河野談話も吉田証言に触れない。

 他方、国際問題化の契機は(96年の)国連人権委・女性への暴力に関する特別報告最終報告書「クマラスワミ報告」です。これはG・ヒックス『慰安婦』を介して吉田証言を引用するものの、構成は吉田証言と無関係。元慰安婦16人の聴取に依拠します。吉田証言の引用は2箇所。1箇所目は《吉田清治は…国民勤労報国会の下で他の朝鮮人とともに1000人の女を慰安婦として連行した奴隷狩りに加わったと告白》ですが、2箇所目は《秦郁彦博士は慰安婦に関する歴史研究とりわけ吉田清治の著書に異議を唱える》とする否定的引用。クマラスワミは日本政府の招待で来日し、政府情報の提供を受けて報告書を作成しました。報告書全体にはミクロネシア虐殺事件など間違いが多いけど、政府情報と矛盾する記述はない。

 経緯を調べず、クマラスワミ報告書も読まずに、朝日の証言記事が諸悪の根源みたいにほざく向きがありますが、起こっていることは社会心理学でいう「帰属処理」です。大虐殺に際して起こりがちだけど、「諸悪の根源は在日だ」と同じで「諸悪の根源はここだ」と皆で名指してカタルシスが得られるだけの話。むろん朝日の証言記事で国内の議論が「軍による強制があったか否か」に縮小したのは事実だけど、吉田清治の偽証ぶりをネタに問題を縮小するチャンスを得たリビジョニストらが得をしただけの話。国内的にも国際的にも、朝日の記事で歴史が歪曲されて認識され、国際的な名誉を失った事実はありません。

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