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第1特集
【無料公開】ITは精神疾患を加速させるのか?

ネットは人の心を壊し、そして救う――メンタルヘルスへのIT社会の影響とは?

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――「夜回り2・0」と銘打って、ネット上の「死にたい」という声にこたえようとする活動がある。その一方でITのサービスには、SEという過酷な職業やネット炎上、さらにはネット依存という観点から、うつ病を大量に生み出している側面もある。こうしたIT社会の光と陰を検証してみると……。

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精神疾患を持つ患者が多いとされるIT業界だが……。

 昨今、心療内科界隈では、「システムエンジニア(SE)はうつ病になりやすい仕事の代表格」とよくいわれる。一説に、SEの世界では大プロジェクトを組む際、途中で数人はうつで脱落することを前提にするのがデフォルトになっている、といわれるほどだ。SEやプログラマをはじめとする人が勤務するIT業界が、どれほどメンタルにとって過酷な世界であるかは後述するとして、まずは最近ネット上で注目を浴びた、メンタルヘルスに関するある試みを紹介したい。

 精神的に追い込まれ、「死にたい」「自殺 方法」そんなキーワードを、ふとネットで検索してみたくなった、あるいは実際に検索した向きもあるかもしれない。年間3万人近くが自殺している日本というこの国。昨年、自殺者の総数は微減したものの、若年者の自殺数は依然として増加しており、20~39歳の死因の1位は「自殺」である(厚生労働省 2011年「人口動態統計」)と考えると、それも当然だろう。

 誰もがスマホやパソコンでネットに常時接続しているこの社会。「死にたい」という希死念慮を持ってしまった人は、そのキーワードをネットで検索するはずだ。そしてその検索結果で出てくるのが、自殺の方法を教えるサイトではなく、命をつなぎ留める手を差し出すものであったら……。そんなことを考え、実際に実行に移した若者がいる。自殺予防の団体「OVA」代表の、伊藤次郎氏だ。

「ある時、『死にたい』と検索する人がどのくらいいるのか、グーグルのキーワードツールで調べてみたところ、想像以上に多くの人が検索していることがわかりました。中でも私にとって衝撃的だったのは『死にたい 助けて』という組み合わせの検索が相当数あったことでした。その2つの言葉をひとりスマホで打ち込んでいる人の姿をイメージして、ショックを受けたんです」(伊藤氏)

 そこで伊藤氏が考えたのが、これらの検索をしている人に、リーチすることはできないかということだった。

「ただ『死にたい』と検索していても、そこには救いがない。だから、その心の叫びに、なんとか宛先を作れないかと思ったのです」(伊藤氏)

 そこで採用したのが、グーグルのリスティング広告。特定のキーワードを検索した人を広告に誘導するシステムを使い、「死にたい」などのキーワードを打ち込んだ人に、「悩みがあったら相談してください」というメッセージと、メールアドレス、自分のサイトへのリンクが表示されるという。

 13年の7月に「夜回り2・0」と名づけたこの活動を開始。そうして届くようになったメールは、「死にたい」「毎日つらいです」など、2~3行の短いものが多かった。中には空メールもあったが、伊藤氏はそれにも返信。「死にたい」と思っている人のメールアドレスが判明するだけで、援助の重要な手がかりになると考えたという。送信メールは「あなたの気持ちを聞かせてほしいです。返事を待っています」といった内容。メールがつながると、少しずつ気持ちや情報を聞き出す。目的は、メール上のやりとりだけで完結させることではなく、誰も相談する相手がいない人を、現実社会の福祉制度やメンタルクリニックなど、リアルな社会資源につなげることとした。こうして、それまで孤立無援の状態だった人が、医療を受けたり、福祉制度につながったり、さらには引きこもりだった人が働き始めたケースもあった。

 1クリック当たりの単価は約5円。13年の7月14日から10月31日までの間に、1万6820円の広告費を使い、相談者数は12 3名。自殺率が高い人ひとりとつながるために使った金額(CPA)は約137円だった。

 振り返ればネットと自殺の関連は、常にネガティブなイメージでとらえられることが多かった。98年の、毒薬を販売し、被害者が出た「ドクターキリコ事件」や、2000年代前半に、ネットで知り合った人が心中して問題になった「ネット心中」。07年から、ネットを通じて知識が広まった硫化水素自殺など、ネットは希死念慮のある人に情報と手段を与え、自殺を助長するものであるという論評が多くなされた。伊藤氏の活動の支援・紹介も行っている和光大学現代人間学部講師の末木新氏は話す。

「いわゆるネット上にある複数の『自殺掲示板』は、自殺の方法を教えるなどと批判的に報道されましたが、実際に見てみると、自殺を考えてしまう人を癒やし、励まし合う良心的なサイトや書き込みも多く見られたのは事実です。OVAの活動はそこからさらに踏み込み、希死念慮がある人にアプローチし、支援につなげているという点では、注目に値します」

 実際、伊藤氏のような試みはまだ世界的にも珍しく、末木氏は伊藤氏の活動をWHO(世界保健機関)の世界自殺レポート会議および関連行事で紹介。大きな反響を得たということからも、こうしたITとうつ、ひいては自殺という問題は国際的なものなのだろう。

 インターネットを自殺防止の手段とすることについて、伊藤氏はこう話す。

「自殺というセンシティブな問題をネットで相談することは、もちろんメリットとデメリットがあります。会って話すと、相手の外見や話し方で多くの情報がつかめるし、質問をしたらすぐに答えが返ってくる。でもメールだと、一度にたくさんのことを聞くと、答えにくくなってしまうので、ひとつずつしか聞き出せないから、相手の状況をつかむのに時間がかかる。それに、返事が来ないこともあります。でも、相談する側からすれば、それが安心な部分もあるのです。質問にすぐ答えなくてもいいし、指定された時間に出かけていく必要もない。相手の顔が見えないからこそ、本心を明かせるということもあるような気がします。いわば、ネットを使うことで、相談に必要な心理的・物理的コストを下げているのです」

 現在、185人との相談を継続しており、伊藤氏ひとりのキャパシティを超えつつあるため、新規のリスティング広告はストップしている。そもそも、この「夜回り2・0」は相談者から料金も取らず、現在収益を得る手段がまったくないため、伊藤氏が貯金を切り崩し、手弁当で活動しているのだが、資金もそろそろ尽きかけているという。何らかの機関や企業・行政などで支援してくれるところが現れることが望まれる。

 さて、ここまでは、ネットを通じた自殺予防の取り組みについて見てきたが、それはある意味、インターネットという技術が作り出した光と陰を検証することにも通じるのかもしれない。ここ以降、メディアなどで話題になるSEという職業の”ブラック度”を再確認してみよう。ある20代SEの話。

IT企業の社員はなぜうつになるのか

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「死にたい」と検索すると自殺予防総合対策センターのサイトが上位に表示された。

「この職種は、残業100時間どころか、200時間さえ普通にあるほど長時間労働がデフォルトになっているうえ、技術の進歩が急速なため、常に勉強し続けないといけない。実力がすべてだから、能力で落ちると会社でも浮いてしまい、40を越えると管理者にでもならなければ、会社や業界に居場所がなくなっていく」

 実際、IT業界における精神疾患の多発は厚生労働省においても課題とされており、厚労省が委託した中央労働災害防止協会の指針「IT業におけるストレス対処への支援」(平成23年3月)では、「IT業において、混乱したプロジェクトでは、そのメンバーに身体的にも精神的にも多大な影響を及ぼし、しばしば精神疾患が多発することがあります」と記されている。

 元SEで、『夜明けに向かってコアダンプ~SEの恥はかき捨て、僕の!私の!聞かせて珍プレー集~』(技術評論社)など、IT業界の日常について多くの著書がある、きたみりゅうじ氏は話す。

 例えば、「物理的な制約などがある建築業界とは異なり、ITはいわば、0から100を作り出す仕事なので、突然システムを3倍、4倍の規模のものにしろと言われても、徹夜をして乗り切ればなんとかできてしまう。ある意味、際限のない仕事であるからこそ、そこに疲弊してしまう人もいるのだと思います」

 また、きたみ氏は、自分はSEという仕事は面白かったし、それ自体が悪い仕事だとは思わない、としながらも、次のように話す。

「問題は仕事自体ではなく、働き方にあると思うのですが、それこそ頭以外何も使わず、日の光にも当たらず、早朝から深夜まで仕事ができてしまう。そのうちに精神がおかしな方向にスイッチが入ってしまう人がいるのも、無理がないことなのかもしれませんね」

 きたみ氏の話は、SEとして勤務する者の一般的な声を代弁したものとしてとらえられようが、元虎の門病院精神科部長で、財務省チーフカウンセラーなども務めた精神科医の栗原雅直氏は次のように解説する。

「コンピュータ社会の情報処理量は昔と比べて圧倒的に増え、仕事は『正確に、早く』を要求されるようになりました。あまりの効率化に不適応を起こして、うつになってしまう人がいるのも、必然的なことなのかもしれません。それは何もIT業界だけに限ったことではなくて、医者の世界でも紙のカルテから電子カルテに変わって、不適応を起こしてやめてしまった人もいます」

 電子カルテは紙のカルテと違って、収納場所に悩まされることもなく、数年ぶりに受診しに来た患者のデータを検索することも容易だが、使い慣れていない医師が使用すると、患者の顔を見ず、パソコンの画面だけを見ながら診察することになりかねない。特に患者とのコミュニケーションが大事な精神科においては、電子カルテの導入に反発する医師も少なくないようだ。日本IBMの顧問医も務めたことがある栗原氏は、自らの臨床経験を踏まえてこう語る。

「IT系企業でプログラマが係長などに昇進すると、管理者の立場になってプログラミングをしなくなる。すると、4~5年で新しい技術が理解できなくなってしまい、部下が作っているプログラムを把握できなくなってしまうということが起こります。20年近く前、テクノストレスが問題になり始めた時、労働省(当時)のある委員会に私もかかわったのですが、その時にIT系の仕事は視野狭窄に陥りやすいとして、狭い操縦席に閉じ込められる飛行機のパイロットにちなんで『コックピット症候群』になぞらえる意見が出されたのを覚えています」

 栗原氏は半世紀以上精神科医を務め、虎の門病院で精神科と身体科の患者が混合する病床を設置し、また文豪・川端康成の主治医も務めたことがあるという大ベテランだが、その栗原氏から見て、企業のあり方はどう変わってきたのだろうか?

「昔の会社には遊び的なポストがあり、健康や調子を崩した人は比較的楽なポストにつく慣習があった。しかし、今は周辺の仕事はどんどん派遣社員や外注に置き換わってしまい、会社全体に余裕がない。自動車でも、ハンドルを回しても車がすぐには曲がらない、いわゆるハンドルの“アソビ”があるからゆとりを持って運転できるのですが、今の会社はその“アソビ”がなくなっている。それが最も進んでいるのが、IT業界だといえるかもしれませんね」

 さて、ネットとうつのかかわりという問題に関しては、無論、SEという職業に限った話ではない、関東学院大学准教授で、『ネット炎上 職場の防火対策』(日経プレミアシリーズ)など、ネットに関する著書のある岡嶋裕史氏は次のように話す。

「確かに、“IT企業のそばにはすぐメンタルクリニックができて、患者がたくさん集まる”といわれるほど、うつとITは一般的に親和性が高いとされます。IT企業には真面目な人が多くて、すぐ根を詰めて、その結果昼も夜もなく働いてしまいがち。技術の進歩で効率化はどんどん進むんだけれど、結局それで浮いた時間をまた労働に搾取されるというつらい状況があるように思います」

 さらに岡嶋氏は、インターネットによるコミュニケーションの特質についても、こう警鐘を鳴らす。

「インターネットでは、日常の生活ではありえないほど、限定された趣味や嗜好の人間同士が集まることができます。極めて同質的なコミュニティであるがゆえに、反対意見を持つ人を激しく糾弾したり、極端な方向に意見が集約するサイバーカスケードが起こりやすい。雑多な人間が集まらざるを得ない現実のコミュニティと違って、ネット上のコミュニティは、本質的にある種の危うさをはらんでいるということが言えます」

 ネットが生み出した新しいトラブルの代表が、ネット炎上だろう。本誌読者にはお馴染みかもしれないが、岡嶋氏は前述の著書の中で、ネット炎上をこう定義している。

【1】「発信した情報に対するコメントが連鎖反応を起こし、発信者のコントロールを外れるもの」

【2】「そのうち、負のインパクトがあるもの」

 そして、岡嶋氏は、かつてネットのない時代には、狭い社会でおバカな行動や失敗をしても、その影響は狭い範囲にとどまり、失敗と反省を繰り返すことで大人になることができた。つまり情報に揮発性があったのに対し、今日のネット社会では、ツイッターでの悪ふざけの投稿に代表されるように、おバカな行為がいきなり不特定多数の人の前にさらされてしまう。そして、その情報はデータとして永久に残ってしまうことを指摘。「防波堤になってくれるコミュニティという存在なしに、いきなり世界に直接向き合わざるを得ない今の若者は、かわいそうだといえるかもしれません」と同書で述べている。さらに、その一方でネット依存も深刻な社会問題になっている。最近、神奈川県横須賀市にある独立行政法人国立病院機構久里浜医療センターがネット依存治療部門を新設したが、そのサイトによると、20歳以上でネット依存が疑われる者は全国で270万人に上るという。岡嶋氏は次のように続ける。

「どんどん便利に、新しいことが可能になっていく世の中で、その進歩や便利さが加速するスピードに、人間の皮膚感覚が追いついていない部分はあるのかもしれません。果たして、テクノロジーの進歩に人間は追いついているのか。そのあまりの速さに生じた拒否反応が、あるいはうつなのだという可能性も否定できないでしょう」

 もっとも、新しいテクノロジーに関する拒否反応は、特にここ200年あまりは常に繰り返されてきたことであるという。

 ここで冒頭の伊藤氏の「夜回り2・0」の活動を再び見てみよう。伊藤氏とのやり取りを通じて、死にたいという希死念慮を持っていた人が、「もう少し生きてみようと思います」というメールをくれるようになったケースも実際にあった。伊藤氏の集計では、13年7月14日から10月末までの間で、これまでつながっていなかった医療機関や支援機関につながったり、感情のポジティブな変化に関する言及があった人は、22人に上った。伊藤氏は話す。

「私が言いたいのは、『テクノロジー自体に善悪はない』ということです。ネットというツールを良い方向に使うか悪い方向に使うかは、あくまで使う側の問題であって、ネット自体が良いとか悪いとか論じるのはそもそもふさわしくないと思うんです。今私が思っているのは『死にたい』と検索した時に、自殺の方法を教えるサイトよりも生きる道を選ぶための手助けになるサイトが上位に検索されるようにしたいということです」

 24時間、どこにいってもネットにつながる時代だからこそ、“本当の意味で”ユーザーの視点に立った施策が必要なのだろう。

(取材・文/里中高志)

ITはやっぱりキツイ仕事だった?
厚労省発の指針に見る生々しい実態とは

 昨今のIT業界における就労状況を重くみた厚生労働省は、独自の支援に乗り出した。

 本文でも言及した「IT業におけるストレス対処への支援」。厚生労働省が中央労働災害防止協会に委託して作らせた指針だ。同協会は、労災の防止を目的とする特別民間法人で、以前は厚労省所管の認可法人であったようだが、この支援、中身をのぞいてみると、お役所系の文書とは思えないほど、赤裸々で実感がこもった記述が満載なのだ。

 この文書では、まずIT業の工程ごとに起こりやすいストレス状況が列挙されているのだが、その記述がやたら生々しい。以下に引用して列挙してみよう。

[Step1]プレ活動
「新規案件の引き合いはうれしいが、曖昧なRFP(Request For Proposal:提案依頼書)にも拘らず短期間(徹夜も覚悟)で且つ他社に負けない価格優位性のある提案書を作れという会社(営業もしくは上司)からの過酷な要求」「ユーザーニーズ(意図)を十分に知り得ず、指示の不明瞭さ、情報の曖昧さに起因して、企画書・提案書の作成やり直しを強いられ、納期も切迫した時」 「ユーザーから内示(発注)を得た後、仕様の見直しが頻繁に発生し、プロジェクトの先行きが思いやられる時」

[Step2]設計
「実現できない機能を要望するユーザーに対して、システム設計の仕様書を提示し、理解(承認)を得ることは容易でないと感じた時」 「分からないことが分からないという曖昧さを抱えたまま業務遂行している時」「ユーザーが仕様を決められない。もしくは、頻繁に仕様変更要求をしてくることが多くなり、後戻りの仕事を増やし、コスト増、工期圧縮、士気低下と負のスパイラルを引き起こす不安に駆られた時」

[Step3]製造
「進捗確認の不足から、品質チェックで問題の指摘を受け、作業のやり直しは当然のことながら、委託先への補償や採算割れの心配を抱えた時」

[Step4]テスト
「実証テストや移行テストに十分な時間が取れず、不安を抱えたまま、本番稼働を直前に控えた時。失敗が許されない緊張から不眠状態・食欲不振が続く状況に陥った時」「予想されたテスト結果を得られた喜びも束の間、顧客からの指摘で行ったテストでは想定外のエラーが出て、まったく原因不明の迷宮入り状態に陥ってしまった。本番まで時間がなく、顧客からは『責任問題、損害賠償』を追及され、上司からは『何とかしろ』と急きたてられ、頭のなかが真っ白になってしまった時」

[Step5]運用
「長時間のシステムダウンは、その影響度が計り知れず、自分の出来る最大限の手当をしていても、唯唯早期回復を願うばかりで、焦り、喪失感等様々な感情がない混ぜになって苦しい」

 IT業界の人にとっては、非常に身につまされる内容も多かったのでは。この指針はネット上で公開されており、このようなストレスにどう対処したらいいかも紹介されているので、自分のことだと感じた人は、のぞいてみてはいかがだろうか?

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