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神保哲生×宮台真司「マル激 TALK ON DEMAND」 第88回

遠隔操作ウイルス事件当事者が問う「司法の歪み」

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――もはや説明する必要もないであろう「遠隔操作ウイルス事件」。容疑者は逮捕されるも、検察が示した情況証拠は二転三転し、さらに大本営発表を鵜呑みにしたマスメディアの、誤報ともいえる情報が世論を形成。正当な捜査をされないまま、容疑者は勾留を解かれ、自由の身となった。今回は事件の当事者による生々しい証言とともに事件の本質を見極めたい。

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『もしも遠隔操作で家族が犯罪者に仕立てられたら』(技術評論社)

[今月のゲスト]
片山祐輔(遠隔操作ウイルス事件被告)

佐藤博史(片山氏弁護人)

神保 今回はスペシャルな企画で、あまり前置きせずにゲストをご紹介しましょう。

宮台 1年以上、忍耐強く頑張られた方です。

神保 この番組でこの方の名前が登場した回数は、安倍首相に匹敵するかもしれません。遠隔操作ウイルス事件の被告の片山祐輔さんと、主任弁護人の佐藤博史さんです。この事件についてはビデオニュースの番組でさまざまな角度から取り上げてきましたが、今日は堅苦しい分析ではなく、片山さんの生の声を聞きたい方も多いでしょう。ネット上では片山さんに同情的な意見が多いようですが、これに対して片山さん自身は何か感じるところはありますか?

片山 地上波のテレビはまだ怖くて見ていないので、正直なところわかりません。ネットの反応はよく見ていますが、好意的なことを言ってくれる人が多い半面、「やっぱりこいつが犯人だ」という見方もあり、複雑な気持ちです。

神保 宮台さんには折に触れてこの事件の進捗状況を報告してきましたが、この事件のここまでの展開について、どのような印象を持っていますか?

宮台 この事件に限らず、マスメディアが誤報記事や後にバイアスがかかっていた事実が明らかになるような記事を書いた場合、その後に訂正記事を書かないばかりか、報道そのものを抑制してしまう。今回でいうなら、片山さんの事件についての続報が消えます。ところがインターネット上では、この番組を含めてマスメディアに載らない情報を見られます。その結果、マスコミとネットの間で、世論形成の方向性がまったく異なるものになります。そのことを今回ほど強く印象付けられた事件はありません。マスメディアにしか触れていない人はインターネットを見た瞬間、リアリティの乖離がものすごいので狐につままれた気分になるでしょう。

神保 佐藤さんはこれまで主に、裁判所内に設置されている司法記者クラブで頻繁に記者会見を行い、情報を発信してきました。幸い数年前から我々記者クラブに加盟していないジャーナリストも司法記者クラブの記者会見に参加できるようになり、今回の模様はネットなどを通じて発信されていますが、オーディエンスの数という意味では、まだまだ新聞やテレビの力は絶大です。佐藤さんは一連の会見では、どのような目的で話されていますか?

佐藤 宮台さんがおっしゃったように、いくら話しても大手メディアでは取り上げられないので、ネット上での発信のために話している感覚です。片山さんが保釈される前は、私へのインタビューの依頼もかなりあったのですが、私は「私が片山さんを無実と信じたことを追体験してほしいので、保釈後はぜひ片山さんに直接インタビューしてほしい」と言ってきました。しかし、片山さんの保釈後は、新聞・テレビも1社を除いて申し込みはありません。

神保 大体、日本のマスコミは警察が逮捕した段階で犯人扱い、検察が起訴した段階で有罪扱いするのが当たり前になっています。それに、片山さんに取材をした結果、その主張に納得させられてしまえば、検察の意向に反する報道をせざるを得なくなります。さて、事件をよく知るために、まずは逮捕前後の状況を教えてください。

片山 朝6時半、私は寝ていました。母に「警察が来ているけど、何かした?」と聞かれ、寝耳に水で「いや、何も」と返しましたが、ドアを開けると30人ほどの警察官がなだれ込み、「警察だ、動くな!」と言われたんです。捜査員のリーダーが僕の顔を見るなり「会いたかったよ」と口にしました。

神保 そしてパソコンをはじめ、家のものを押収された、ということですね。

片山 まず自室から出され、自宅の居間で3~4人の警察官に見張られました。2時間後、「警察署で話を聞くので出かける準備をするように」と言われたのです。また、着替えようとしたら制止され、ベルトがないズボンなど、着る服も指定され、近くにあった袋に勝手に下着類を詰め込まれ、その後、逮捕状を読み上げられました。コミケに脅迫文を送った嫌疑がかかっているとのことでしたが、まさか「遠隔操作ウイルス事件」だとは思いもしませんでした。

神保 それがわかったのはいつですか?

片山 初日の取り調べの最後に「あなたが疑われているのは、この逮捕状の事件だけではない」と言われ、どういうことかと聞くと、「似たような殺人予告が去年から起こっているよね。わからない?」と。「遠隔操作事件などですか?」と聞いたところ、「そう、その話をしているんだ」と、ほのめかされたのです。翌日の検事調べで初めて、「あなたは、いわゆる遠隔操作事件で疑われています」と、はっきり言われました。

神保 結局、片山さんはそこから1年以上の勾留を強いられることになりました。

片山 逮捕翌日、当番弁護士を呼び、夕方に竹田真先生が来てくれました。竹田先生に最初に頼んだことは母に連絡を取ってもらうこと。しかし携帯電話の番号を暗記しておらず、自宅の固定電話はひかり電話でネット機器を押収されていたため使えず、数日後、祖父母の電話経由で連絡が取れました。

神保 竹田弁護士が佐藤さんに協力を求めた経緯はどのようなものでしたか?

佐藤 竹田さんは、かつて私の事務所のイソ弁で、足利事件の弁護人でもあったのですが、彼から片山さんが逮捕された翌々日の13年2月12日夜7時過ぎ、電話で「遠隔操作事件の弁護人になった。手伝ってほしい」と頼まれました。私は当時、片山さんは真犯人だと思っていましたから、「竹田さんが大変なことに巻き込まれて困っているなら、助けてあげなければならない」と考えていました。片山さんが「身に覚えがない」と主張していることは報道で知っていましたが、これだけ大きな事件になって、すぐには認められなくなったのだろう、と考えていたのです。そして、翌13日に面会しました。

神保 佐藤さんはかなり早い段階から、「彼は無実だ」と断言されていました。またどんな証拠があるのかも明らかになっておらず、佐藤さん自身もコンピュータの専門的知識はない。それでも早くからそう言い切れた理由とは?

佐藤 最初の接見で少し引っかかるものを感じたので、接見が終わってすぐ、妻に当時購読していた新聞4紙の事件に関する報道をすべて切り抜くよう指示しました。家に帰って各紙の記事を読むと、1月3日の江の島の防犯カメラに片山さんが猫に首輪をつける場面が映っていたのかについて、報道が微妙に違うことがわかりました。さらに、1月5日のメールに添付された写真には、首輪とともに1月4日の神奈川新聞が写っていますが、2月12日の各紙に「これは日付を偽る工作」と一斉に書かれていました。しかし、逮捕時の容疑では「3日」に首輪をつけたことになっており、警察は「偽装」にとっくに気付いていたはずです。ところが、本件は懸賞金までつけて公開捜査していたのに、犯人が猫に首輪をつけたのは、4日ではなく3日だということは公表されませんでした。逮捕後にこの情報が出てきたのは、おそらく記者から聞かれて警察がそう答えたからでしょう。しかし、正月三が日で人出が多かった中、誰かのカメラに広範囲を捉える防犯カメラでは捉えきれない重要な情報が残っている可能性も十分にあったのに、なぜ警察は、そのことを公表しなかったのか。防犯カメラの映像というのも、実ははっきりしないのではないかと考えました。

神保 報道を通じて、事件の構成に不審な点があることに気がついたと。リークの垂れ流し報道も、時には役に立つこともあるんですね。

佐藤 そこで急遽翌14日にも片山さんに接見して、報道にあった「片山さんの携帯電話から猫の写真が復元された」ということの取り調べが実にトリッキーであることがわかりました。そして、取調官を含む警察官2人に会い、防犯カメラの映像や携帯電話の復元写真について「本当はないのでは?」とカマをかけると、彼らの反応は明らかに弱いものでした。その前の接見で片山さんに、「あなたから聞いた話を、記者会見をして話していいか?」と聞くと、即座に「そうしてください」と答えたのです。デリケートな時期ですから、真犯人であればそうは答えず、外でどんな報道がされていて、自分に不利なものを教えてほしいと弁護士に求めるはずです。しかし片山さんは、一切そのような態度は取りませんでした。そこで、2月14日、午後7時から、私の事務所で記者会見を行い、報道されている防犯カメラの映像も携帯電話から復元された猫の写真も存在しないと思う、片山さんは無実だ、と公表しました。事実、その後、私が言った通り、映像も猫の写真も存在しないことを検察は認めました。

宮台 これらがなかったにもかかわらず、警察が「あった」とメディアにリークすることに、何らかの違法性はないのか疑問です。

神保 その件については13年9月9日、佐藤さんが司法記者クラブで話されています。マスメディアに「誤報なのか、検察に騙されたのか。画像がなかったことを報じないのはどういうことか」「君たちは大本営発表のような報道を続けるのか」と、すごい剣幕でした。しかし、この記者会見をマスメディアはまったくといっていいほど報じなかった。片山さんが売却した携帯電話から復元されたと報じられた江の島の猫の写真は、犯人が犯行声明のメールに添付して送ってきた写真と同じものとされていて、当時はそれが片山さんが犯人であることの決定的な証拠とされていました。その報道を見て、「やはり片山さんが犯人だ」と思った人も多かったでしょう。その証拠が、実際には存在しなかったというのですから責任は重大ですね。

佐藤 片山さんが犯人だとしたら、まずは私を騙さなければいけません。そこで、そうではないかと常に確かめていました。例えば、片山さんと接見するときに新聞記事の切り抜きを鞄から取り出して、わざと裏側にして私の横に置いて、話を始めます。犯人であれば、どんな報道がされているのか気になると思いますが、片山さんはまったく気にしませんでした。そして話し終えてから、片山さんの話と食い違う新聞記事を見せてもまったく動揺せず、それなりの説明をしてくれました。やがて、片山さんの説明に基づき、報道について反論すると報道がトーンダウンする……という流れでした。

神保 取り調べを振り返ると、警察や検察は、片山さんから何を聞き出そうとしていたのでしょうか?

片山 まず警察についてですが、本格的に自白を迫るような取り調べを受けたのは、逮捕から3日後の2月13日、山口警部補の取り調べのときだけでした。江の島に行って猫に触ったくだりになり、「僕は首輪をつけていません」と言うと、山口警部補の態度が急に変わり、「本当につけていない? あなた以外にいないんだけど。こっちはあなたの前後に触った人にも当たっている」というようなことを言われ、その日はいろいろと追及されるような取り調べがありました。それから初日の2月10日の最後にも、「逮捕して身柄を拘束することは大変な苦痛を伴うことだから、簡単にはできない。必ず裁判所の令状が必要なんだ。その令状が出ているということは、証拠がたくさんあるんだよ」と、威圧的にではなく諭すように言われました。しかし2月13日ですら、その証拠とやらを見せられたことはありません。「あなたが売った携帯電話から復元したものだ」と、事件とは無関係な3枚の写真を見せられただけです。

神保 そして検察からの取り調べですが、当時、特捜検事から言われた言葉を、改めて聞かせてください。

片山 「やってるから認めるか、やってないけど認めるか、どうするのが得か考えてみな」と言われました。3月5日の水庫検事の取り調べです。

宮台 警察・検察がやっていることはいつも通り、「君が何を言おうが、どのみち有罪であることは決まっている以上、何が賢明か考えなさい」というような態度で、嘘のシナリオであれ調書に捺印させる、という手口です。ただ、佐藤・竹田両弁護士がつき、さらにネットがあるがゆえにマスメディアを使った情報管制が完成しなかった。そこに辛うじて光明が見えます。従来、検察は、マスメディアへの情報リークを使って世の中のリアリティを作り上げ、完全に容疑者を絶望させるという手を使ってきています。それが今回はできなかったのです。冤罪問題をなんとかしたいと考えている私たちからすれば、検察の戦略に対抗する手段が明確になったと感じます。

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2019年12月号