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町田康の「続・関東戎夷焼煮袋」第8回

解説書にしたがってお好み焼きを作る 迷いのないとっとこハム太郎になる

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――上京して数十年、すっかり大坂人としての魂から乖離してしまった町田康が、大坂のソウルフードと向き合い、魂の回復を図る!

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photo Machida Ko

 三十年以上も関東に生きて、これは果たしてどうなのだろうか。間違いではないのだろうか。と強く思うのは、世の中に充満する、わかりやすさ。である。

 その背景には、どんな複雑精妙なことでも人民大衆が容易に理解できるわかりやすい言葉で説明されなければならない。という考え方があるが、言うまでもなくそれは誤りで、複雑なことを単純化して言えば間違って伝わるに決まっている。

 と言うと、「そうそう。そうしてなんでも一言で片付けてしまうのをワンフレーズポリティクスって言うんだよね。愚かなことだね」とまた一言で片付けて飲みに行ってしまうが、それもまた複雑な問題をわかりやすい一言で片付けているに過ぎない。

 と、そう思うから、多くの人が、わかった。わかりやすかった。と言って賞賛するものは疑いの目を向けるようにしてきた。というか、こんな大衆に迎合した、わかりやすい言説が巷間に流布されるから真実や事実が伝わらないで嘘や誤解が世の中に広まっていくのだ。こんなものは一刻も早く世の中から除去してかからねばならない。と考え、実際にそうした活動も繰り広げた。尤も活動といっても蔭で、「バーカバーカ」「死ねやっ」といった呪いの文言を自宅で呟いただけであるが……。

 しかしまあその考えは大筋のところでは間違いはない、と思っていたし、いまも思っている。

 ところがその考えを根本から顛倒させることが起きた。

 というのはそう、先月に申し上げた、お好み焼きミックスの袋の裏に印刷された、作り方解説文書、の問題である。申し上げたように私はこの文書を、初心の関東戎夷に向け、わかりやすさを旨とした、がために錯誤を厭わぬ欺瞞と頽廃に充ち満ちた腐敗文書と断じ、心の底より軽侮していた。

 ところが豈図らんや、粉を水に溶かすにあたり、ものは試し、とこの文書の簡単でわかりやすい、ということは間違っているに決まっている指示に、あえて馬鹿な奴となって従ってみたところ、まったく玉のない、なめらかな生地ができあがってしまったのである。

 ああああああっ。私の人生はなんだったのか。

 私は二重にそう思った。

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