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神保哲生×宮台真司「マル激 TALK ON DEMAND」 第77回

ドキュメンタリー映画が明かす世界の"食"事情

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ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地

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食をテーマにした作品『フード・インク』

 TPP参加が騒がれるなど、日本の食環境に大きな変革が起こりそうだ。そんな中、「マル激トーク・オン・ディマンド」では数多くの“食”に関するテーマを議論してきた。今回は“食”を題材にしたドキュメンタリー映画4本を通して、現在の世界を取り巻く“食”事情とその構造について、2人が議論を交わした──。

神保 今回は「食」をテーマにした映画について議論していきます。「食」は「マル激」がこだわってきたテーマですし、日本がTPPに参加することになれば、市民生活に最も大きな影響が出ることが予想されている分野のひとつです。もちろんここで「食」と言った場合、単に私たちが食べる物のことだけではなく、食べ物の元となる種や遺伝子組み換え技術、食品の加工技術なども含まれます。

 個人的な印象としては、かつては「食」や「環境」という話題に対する社会全般の関心は今よりもう少し高かったように思います。しかし経済の不調が続き、特にリーマン・ショック以降、我々の多くが、目先により切実な問題を抱えると感じる中で、「食」や「環境」のことを心配する余裕がなくなってきている気がします。

宮台 それは、原発の放射能と同じです。「自分はそれどころじゃない問題」に押しのけられて雲散霧消しました。2012年末の総選挙でも、原発問題を単独で訊ねると再稼働反対が7割でも、選挙の争点として考慮する人は17%。やはり景気対策・雇用対策・福祉政策の関心が圧倒的でした。

 僕が原発都民投票条例の制定を求める直接請求の署名活動をしていた時も同じです。生活の余裕がない人が「大事な問題だが、それどころじゃない」と考えるのは仕方ない。TPPも同じで、「食の安全も大事だが、今は食えるかどうか」というわけです。

神保 今や安全は、高い金を出せば買うことができる高額商品になってしまいました。逆の見方をすれば、高い金を出さなければ安全が手に入らないということでもあります。“それどころではない”人ほど大きなリスクを抱えている現状も、問題ですね。

 本題に入りましょう。最初に取り上げるのは、『世界が食べられなくなる日』という映画です。フランス人のジャン=ポール・ジョー監督の作品で、遺伝子組み換え作物に関するドキュメンタリーですが、福島の原発事故や核の問題にも触れられています。

 柱になるのは、2年にわたって遺伝子組み換え食品を与えたマウスが健康にどのような影響を受けるかという実験です。通常の食品安全テストは3カ月程度しかやらないので、その段階では影響が出ない食品でも、「それを2年間与え続けるとどうなるか」と実験を通じて明らかにしています。結論から言うと、長期間マウスに遺伝子組み換え食品を与えると、例外なく健康に大きな影響が出るということでした。特に腫瘍ができたマウスが多かったそうです。

宮台 3カ月のテスト期間を過ぎた4カ月目から異常が生まれるのですね。

神保 健康に影響がないという結果を得るために、通常のテストはあえて3カ月しかやっていないのかも……。そこまで言うと、ちょっと言い過ぎでしょうか。作中ではこのマウスの実験が縦軸に通り、横軸に核実験や福島の原発事故などが噛み合わさっていました。要するに、核や原発技術と遺伝子組み換え技術の2つが、20世紀に人類が足を踏み入れてしまった禁断の領域で、状況はもはや取り返しのつかないところにまで来てしまっている、というのがこの映画の基本的な問題意識になっています。

宮台 社会学者ウルリッヒ・ベックのリスク社会論を踏まえたのでしょう。映像作家がこれを踏まえるのは素晴らしい。ベックは19世紀的リスクと20世紀的リスクを区別し、20世紀的な高度技術は事故に際して予測不能・計測不能・収拾不能なリスクを抱えるとしました。典型が原子力発電と遺伝子組み換え作物です。

 20世紀的な高度技術は総動員体制的に市民生活をどっぷり浸していて、誰もが知らずに恩恵にあずかります。だから認知的不協和理論に従えば「意識したくない」との意識が生まれます。普段使っているほどだから目をつむればやっていけます。それこそ「ただちに健康に影響があるわけではない」。

 にもかかわらず、あえて食品を通じた内部被曝や遺伝子組み換え作物の悪影響を深慮して食品を選ぶのは、暇と金がある人です。地位や生活の余裕が、問題に対処できる人と対処できない人の差になります。ジャンクフードに親しまざるを得ない貧乏人ほどメタボリックシンドロームを抱える話が典型です。

神保 映画の中ではいくつかのキーワードが登場します。そして、そのキーワードが遺伝子組み換えと原発に共通していることが指摘されています。まず、「情報の不透明さ」や「嘘」があって、その裏に「制御不能性」と「不可逆性」が隠されている。この2つが、遺伝子組み換えと原発の共通項ではないかと。

宮台 人は浅ましい存在で、与えられた条件の下で自分が最大利得を得られるように行動します。ところが、皆がそう考えて行動するとパレート最適ではない帰結が得られます。つまり、相手の利得も自分の利得も共に高くなるような(パレート最適な)帰結もありうるのに、それが実現できなくなります。これが「囚人のジレンマ」です。

 この場合、「最悪事態の最小化」というマクシミン戦略からしても、他者がマクシミン戦略をとると予想するのが合理的という点から、「協調」でなく「裏切り」を選ぶほうが合理的です。だから、互いに「裏切り」合います。互いに「協調」したほうがずっと互いの利益になるとわかっていてもできない。

 合理的人間の弱点がここにあります。与えられた条件の下で最大利得を目指して行動するなら、遺伝子組み換え作物に手を染めるしかありません。でもそのようにして皆が遺伝子組み換え作物に手を染めた結果、誰も遺伝子組み換え作物に手を出さなかった場合に比べて、極度にマズイ帰結になるのです。

神保 マーケティングとしては、そこを狙わない手はありません。

宮台 だからこそ「誰が悪いのか」を簡単に言えません。映画には勧善懲悪の描写があり、「悪者らしい科学者」が出てきます。でも科学者の言葉は嘘じゃない。どんな技術も最初は制御不能でリスクを伴うが、そこを乗り越えれば実りある世界が訪れる……。しかし皆がそれを信じるほど、確実に巨大事故が起こります。

神保 簡単に白黒つけられる問題ではない、と。この映画の監督、ジャン=ポール・ジョー監督は、給食に有機食材を採用したフランスの学校を描いた『未来の食卓』なども撮っています。彼が来日したときに、僕もインタビューをする機会をいただいたのですが、ジョー監督はもともと、食や環境のことよりも、スポーツなどが専門だったそうです。しかし、自身がガンを患ったことをきっかけに、食の問題に目覚めたということでした。ちなみにインタビューの場所に現れた彼が手に持っていたビールは、オーガニックビールでした。

 監督に「テーマはどうやって決めているのですか」と聞くと、「自分が強い情熱を持ったものを取り上げているだけだ」と言っていました。強い問題意識が芽生えると、行動に移さずにはいられないのだそうです。ただ、頭で考えて計画的にテーマを決めているわけではないので、経済的には大変だそうです。この映画も、自分の家を担保に入れて作ったそうですが、だからこそ自由な制作活動が可能なのだ、とも話していました。

宮台 この映画は「誰が悪いのか」など、冷静に物事を見渡すのに最適です。今回紹介するほかの作品は、エグ過ぎる映像で感情を刺激し過ぎて、思考を妨げます。この『世界が~』は、番組の解釈に異論を差し挟むことを含め、視聴者に深く考えさせる、良質なドキュメンタリーです。

 それを押さえた上でですが、かかる事態に至った経緯についての考察は不十分です。この作品を表層的に見ると、巨大電力会社や原発会社や遺伝子組み換え作物の種苗会社が、情報操作で僕らを騙し、あるいは貧困者の弱みに付け入って金儲けをしていると思うかもしれませんが、単純過ぎます。

 宗教的観点からは不遜ともいえますが、自然科学者が「遺伝子組み換え作物も研究が進めば、発ガン性など人体への悪影響が少ないものを作れるはず。どんな技術も初めはコストもリスクも大きいが、それでやめたら、将来あり得る無害な遺伝子組み換え作物の可能性を放棄することになる」と考えても不思議はありません。

 むろん、開発段階の有人ロケットが打ち上げ失敗で多数の命を失ったのと違い、原発や遺伝子組み換えのリスクは一度現実化したら帰結が予測不能・計測不能・収拾不能だという決定的違いがあり、それを無視した開発続行は「後は野となれ山となれ」の非倫理を含みます。でも、そのことは熟慮の末に明らかになることです。

神保 ある技術が十分に発達しておらず、実際には制御不能な段階にあっても、それを金儲けに使えると見た人たちは容赦なくそれを利用しようとする。そして、結果的に科学者たちの善意や熱意が、そういう人たちによって利用されている場合が、少なからずあるように思います。一方で、どんな科学的な研究も商業的な利用価値、つまり金儲けの可能性があるからこそ、大規模な投資も行われるし、能力のある人も集まってくるという現実がある。軍事などの特殊な分野では政府からふんだんに研究費が出る場合もあるかもしれませんが、基本的には商業利用の見込みがなければ、大規模な研究が成り立ちにくい。そのジレンマをどう克服するかは常に大きなテーマですね。

 また、ジョー監督は情報の非対称性やメディアの問題も、以下のように指摘していました。

・・・
ジャン=ポール・ジョー監督 (遺伝子組み換えと原子力という)2つの技術についての嘘は、メディアを通じて我々に押し付けられています。欧州で最大のテレビ局を運営するグループは、フランス、そして世界のあらゆる原発の建設業者でもある。新聞やラジオなどの報道機関の一部は、武器商人にも掌握されています。

 フランスのメディアは抑圧され、国民には彼らが与えたい情報ばかり与えられている。私が作る映画には問題意識の高い人が集まってきますが、そんな人たちでさえ私の映画を見て愕然とします。彼らは自分たちが何も知らなかったことを思い知らされるからです。メディアが真実を隠しているがために、良心的な活動家たちでさえ真実を知ることが難しい。私のような立場の人間が、だからこそ真実を発信しなければならないのです。
・・・

神保 やはりフランスでも、メディアは問題のようです。建設、原発、軍事にかかわる企業が事業の一環としてメディアを持っていたり、あるいはメディアの大株主であったり、大スポンサーであったりする。その結果、マスメディアが、遺伝子組み換えだの原発だのといった人類にとって重大な問題を自由に報じられない。どこかで聞いたようなメディア問題の現実が、フランスにもあるようです。

宮台 本作は、今後の「マル激」でのテーマを考えるときにヒントになるモチーフが多く見られ、考えさせられる作品です。ぜひ見ていただきたいです。

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