>   >   > 【連載】『月刊カルチャー時評』/『ダークナイト ライジング』

批評家・宇野常寛が主宰するインディーズ・カルチャー誌「PLANETS」とサイゾーによる、カルチャー批評対談──。

宇野常寛[批評家]×濱野智史[情報環境研究者]

 今夏、クリストファー・ノーラン監督による「バットマン」3部作の完結編が日本でも公開された。前作『ダークナイト』は、人々の想像を超えた驚異的な悪役“ジョーカー”のキャラクターを中心に、賛否両論さまざまな議論を巻き起こしたが、今作はどうだろうか? ネタバレ完全解禁で、全編徹底批評!

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バットマンと、『ライジング』の悪役であるベイン(左)。本作ではバットマンが、筋骨隆々のベインと白兵戦を繰り広げるシーンも多い。

濱野 今作『ダークナイト ライジング』(以下、『ライジング』)ですが、ネットの評判などを見ると、前作『ダークナイト』【1】と比較してスケールの小ささを揶揄したり、脚本にダメ出しをしたりといった批判が多い印象ですね。確かに脚本の粗は多かったですが、そうだとしても、脚本・監督である クリストファー・ノーラン【2】にダメ出しをすることで「自分のほうが賢い」という優越感を得るような評論はまったく意味がないように感じました。前作との比較という面で語ろうとすると、ダメ出しのようにならざるを得ないのも重々承知ではあるのですが。

宇野 映画史に残る大傑作となった前作『ダークナイト』に比べたら、2ランクくらい落ちる映画なのは間違いないでしょう。

 そもそも本作は内容的に、『ダークナイト』というより『バットマン・ビギンズ』(以下、『ビギンズ』)【3】の続編なんですよね。というか、『ダークナイト』がいかに飛び抜けた、例外的な存在だったかが『ライジング』を見ると逆によくわかる。『ダークナイト』はまさに、9・11以降にアメリカ社会が突入した袋小路を、真正面から受け止めて打ち返した映画だったはずなんですよね。そして、僕が『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)で論じたように、あの新解釈を与えられた ジョーカー【4】はその象徴だった。9・11以降、「正義」が描けなくなったトラウマがこの10年のアメコミ映画を支配していて、ジョーカーはその流れの中で、この「正義なき時代」に成立し得る「悪」のかたちを追求した結果生まれたキャラクターだったはず。本当はここが一番大事なところなので滔々と説明したいのだけれど、それだと『ライジング』ではなくて『ダークナイト』についての対談になってしまう。だから涙を飲んで詳しい説明は省くけど、ノーランは本来、個人の内面のトラウマを、ゲーム的な心理操作で解決しようとする物語を反復していた作家なんですよね。文学的な問題を心理学や人間工学的な発想で解決しようとする物語と言い換えてもいい。実はシリーズ1作目の『ビギンズ』も同じ。そこに9・11という圧倒的な存在が介入してきて化学変化を起こしたのが『ダークナイト』だったと思う。ノーランの描いてきた心理ゲームを自由自在に操る一方で、自身は解決すべきトラウマを持たないジョーカーは、ノーランの世界観の中では特異点で超越した存在であり、かつ、9・11以降の「正義なき時代」の象徴でもあった。9・11がノーランに内面だけではなく世界を描くことを要求して、その結果が前作でありジョーカーだったはず。

 そして、この『ライジング』では再び『ビギンズ』のような個人のトラウマ回復の物語に回帰して、世界を描くことを回避している。世界を描く作品としてもはや『ダークナイト』の先には行けないという大前提があって、そのうえで「ジョーカーになれない僕たちはどうしたらいいのか?」という、あくまでバットマン個人が自分自身にケリをつけるための完結編になっている。

濱野 そう、それゆえ『ダークナイト』と比べればスケールダウンするのは当然なんですよね。ジョーカーのような人間は、現実には存在しない。だからこそ映画にするわけで、それゆえ映画ならではの表現となった。それと今回の悪役・ベイン【5】を比較したときに、多くの人が“小物感”を指摘していましたが、そもそもスケール感で比較するのが違和感がある。

宇野 ベインが証券取引所を襲撃したり、市民に対して「街を取り戻せ」とアジテーションを行うといった一連の場面は、現実に起きた「オキュパイ・ウォールストリート」(以下「オキュパイ」)【6】を想起はさせるけれど、物語が展開していくと、こうしたベインの社会思想とその実践は全部ニセモノだったことがわかる。そこを批判して、「現実をもっとしっかり受け止めろ」と言う人もいるけれど、これはこれでひとつの態度表明だったんじゃないか。つまり、「オキュパイ」的なものへの位置づけはこの程度でいいのだ、と。

濱野 「オキュパイ」はベインのような人間がいたから始まったわけではないですからね。ベインが演説したイデオロギーだけを見れば、打倒資本主義を掲げ、共産主義的な思想が垣間見えるわけだけど、現実の「オキュパイ」はイデオロギーも思想もバラバラで、そのように主張の違う人がフェイスブックやツイッターで誘われたから来たという類いのものだったのが実のところです。ただ、ベインが映画でやっている共産主義革命まがいの行動は、現実の「オキュパイ」が世界をオキュパイ(=占拠)しきれず、一つの街の規模で留まっていることを戯画的に描いていると見えなくもない。これに関してノーランは、「『オキュパイ』の前に脚本を書き上げていて、実際は関係ない」と言っているようですが。

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