サイゾーpremium  > 連載  > 小原真史の「写真時評 ~モンタージュ 過去×現在~」  >  写真時評~モンタージュ 現在×過去~【04】
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写真時評~モンタージュ 現在×過去~

カメラばあちゃんと国策のダム

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花盛りなのに
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家壊しを見守る村人

「節電の夏」がまた始まる。1年以上の対策期間を無為に過ごし、関西電力は大飯原発の再稼働にこぎつけた。福島第一原発事故にともない自然エネルギーの見直しがなされているようだが、巨大ダムによる水力発電などは建設の過程で膨大なエネルギーを必要とするから、事業自体がいわゆる「省エネ」とはかけ離れたものになる。

 高度経済成長期の電力と工業用水需要の増加に伴い、全国各地にダム計画が持ち上がり、岐阜県の徳山村にも白羽の矢が立った。「徳の山」という名前の通り山の恵みによって縄文期から連綿と続いてきた村であったが、雨量が多く、1000メートル級の連山に囲まれているためにダム建設には理想的な地形とされた。故郷の村が消滅の危機を迎えた時、その姿をせめて写真で残そうと、それまで触ったこともなかったカメラで村を撮影し始めたのが、農業のかたわら民宿を営んでいた増山たづ子だった。「カメラばあちゃん」と呼ばれて親しまれた彼女は、1977年から村の終わりを撮影し続けたが、2008年の徳山ダムの完成を見届けることなくこの世を去った。ありふれた記念写真にも見える彼女の8万枚にも及ぶ写真は、村全体をダムの底に沈めようとする国策に対する出来うる限りの抵抗だったはずだ。雪深い山間で助け合って生きてきた住民たちは、賛成派と反対派に分断され、「下流の人たちのために」「お国のために」などと自分に言い聞かせて離村した者も少なくなかったという。写真の下に入れられた日付は、この村が地図から消えた87年までのカウントダウンのようにも見える。

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