>   >   > 松田聖子でコケた世界制覇――カルチャー史...

──松田聖子、ウォークマン、プレイステーション……ソニーには、家電企業としての側面のほかに、文化風俗を動かしてきたソフト企業としての顔もある。今も平井新社長のもと「ソフトとハードの融合」をうたう同社が文化史に与えてきた影響と、その来し方行く末を、ライター・速水健朗が読み解く!

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【CBS・ソニー誕生から小室哲哉の直訴まで】ソニーが生み育てたカルチャー史

 ソニーが特別な存在として知られるのは、単に技術で突出したハードウェアメーカーだったからではなく、ソフト、ハードの両面を備えているからだ。オーディオメーカーでありながら、レコード会社でもある。映像機器メーカーでありながら、映画会社でもある。これがソニーの特異性である。

 日本から飛び出し、世界でハードウェア、コンテンツ産業を手中に収めたソニーが見た夢。それは、日本が文化で世界を獲ることだった。彼らに、一瞬だけ見えたかもしれない世界の頂。それが1990年の松田聖子全米進出という出来事だったことは、すでに多くの日本人にとって忘却の彼方だろう。

 当時の日本は、もうトランジスタや小型自動車だけの国ではなく、経済でも政治でも「NO」と言える国になっていた。あらゆる場面でトップに躍り出た日本の唯一の劣等感は、世界で通用しない自国の「文化産業」だった。

 時代はすでに工業製品が世界を制するという時代ではなく、“ソフトパワー”全盛の時代になっていた。マドンナやマイケル・ジャクソンが独占するこの世界市場において、日本はこのまま後れを取っていてはいけない。松田聖子の全米デビューとは、日本が文化をもって世界に対抗しようというソニー、いや経済界の夢を背負ったものだった。偶然なのだろうが、松田聖子の名前は「マツダ」と「セイコー」という、日本が世界に誇るジャパンブランドの名を含んでいたのも象徴的である。

CBSとの合弁とレコードビジネスへの進出

 さて、ソニーのソフトウェアビジネスへの進出は68年に遡る。戦後の日本企業には、アメリカの防共政策の下、外国企業との自由競争の波にさらされない保護下での成長の猶予が与えられた。だが、67年の外資規制緩和により、海外企業の日本進出が本格化する。この年、国内レコード会社の海外資本比率も50%まで緩和されると、米大手のCBSは、合弁会社を通じての日本市場参入を目論んだ。だが、外国企業とのアライアンスの経験などなかった当時の既存日本レコード会社の中に、その合弁話に乗る先はなかった。業を煮やしたCBS・インターナショナルの社長であるハーベイ・シャインは、放送機器の取引先として見知っていた盛田昭夫に相談する。これが意外な方向に進むことになる。ソニーがCBSの合弁相手として立候補し、レコード産業に足を踏み入れることに積極的に乗り出したのだ。なんてことはない、もののはずみだったわけだ。

 68年に創立したレコード会社のCBS・ソニーには、当時ソニーの取締役だった大賀典雄が社長に就任した。彼自身も、声楽家の経歴を持つ芸術畑の人間だった。CBS側から役員参加はなく、経営はソニーに一任される形となった。既存レコード会社とは違った文化の下で立ち上がった同社は、既存業界の常識を打ち破って登場する。

 この当時のグループサウンズ(GS)ブームは、レコード会社の洋楽部門から生まれた新しい音楽分野だった。レコード会社の専属作家が作詞作曲を行い、専属の歌手が歌うという仕組みはここで崩れていった。GS・フォークブームとは、10代の消費者という新しい市場の開拓でもあった。彼らが切り拓いたその市場をCBS・ソニーは、さらに深く掘り下げる。

 同社が最初に契約したグループがフォーリーブスである。彼らは当時のGSブームの終焉以後も、人気が落ちずに生き残った。アーティスト路線に変更しないというその戦略は、のちのアイドルグループビジネスの走りだった。

 現在幾度目かのブームを迎える女性アイドルも、CBS・ソニー発の分野だった。71年デビューの南沙織は元祖アイドル歌手であり、70年代最大のアイドル山口百恵を生み出したのも同社だった。天地真理、キャンディーズも同様だ。

「ニューミュージック」も、CBS・ソニーから生まれた。72年にデビューした五輪真弓の宣伝時に生まれたこの言葉は、それまでの歌謡曲と区別を付けるために考えられたものである。

 新進のCBS・ソニーが既存レコード会社と最も異なっていた部分は、新人の発掘に力を入れたところだ。かつてはプロダクション任せだった新人の発掘を、彼らは自ら行ったのだ。

 80年代を代表するアイドルとなる松田聖子もまた、CBS・ソニーが主催するオーディションの出身。「抱きしめたいミス・ソニー」のキャッチフレーズがついた彼女のデビューには、80年の百恵の突然の引退によって浮いたプロモーション予算がつぎ込まれ、デビュー曲にはナショナル企業のタイアップがついた。日本の文化産業がビジネスの規模として巨大化し始めていたタイミングでデビューした松田聖子は、単なるアイドルではなく、メディア、広告、レコード産業にまたがるビジネスの象徴でもあったのだ。

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