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町山智浩の「映画がわかる アメリカがわかる」 第26回

内部告発で自爆した虚言癖で躁鬱のエリート

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【今月の映画】

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『インフォーマント!』
マーク・ウィテカーは大手穀物商社に勤めるエリート社員。だが、彼はFBIをも巻き込んだ国際的な企業不正の密告者となる。自社の不正をスパイさながらに暴いていくウィテカーだったが、自身の不正までも露呈されてしまった。ウィテカーは次第に追い込まれ、事実と妄想の判別がつかなくなっていく――。
監督/スティーヴン・ソダーバーグ 12月5日より恵比寿ガーデンシネマほか全国公開


 リシンは、豆や魚に多く含まれるアミノ酸の一種。成長促進剤として家畜の飼料に混ぜられる。これを生産する世界の大手四社の幹部が秘密の会議をしているビデオが公表された。彼らは「重さ1ポンドあたり1ドル16セントにしようか」などとリシンの価格を決めている。価格協定を結ぶ談合の現場だ。

 首謀者は業界最大手のADM(アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド)社。日本の味の素や協和発酵もこの陰謀に加わった。

「我々ライバル企業は仲間、顧客は敵ですよ」などという恥知らずな言葉に混じって「そこにFBIがいたりしてねえ」という冗談も飛び出す。実は彼らの談合や密会は隠しマイクやカメラで全部FBIに筒抜けだった。ADMの経営陣の一人、マーク・ウィテカーがFBIのスパイだったからだ。

 映画『インフォーマント(内通者)!』は1992年から3年間にわたってFBIのために自社の闇カルテルの証拠を集め続けたマーク・ウィテカーの姿を描いた実話の映画化だ。

 生化学博士であるウィテカーは33歳でADMのバイオ部門のトップに立った「神童」だった。しかし彼の妻は夫が価格協定をしている事実を知り、「あなたがFBIに通報しなければ、自分がやる」と迫った。困ったウィテカーがFBIに会うと、彼らはウィテカーにスパイをやってくれれば罪を軽くしようと持ちかけた。かくしてウィテカーは隠しマイクやカメラをつけられて、東京やメキシコなどの談合に駆け回る。

 物語だけ聞くと、ニコチンの害を隠蔽するタバコ会社の内部告発を描いた『インサイダー』や、弁護士事務所の事務員が公害企業を追及した『エリン・ブロコヴィッチ』のような社会派ドラマかと思う。監督も『エリン・ブロコビッチ』と同じスティーヴン・ソダーバーグだし。しかもウィテカーを演じるのは『ボーン・アイデンティティー』シリーズの超人スパイ役で人気のマット・デイモン。FBIのスパイになったウィテカーは庭師に自慢する。

「僕は正義のスパイ0014だ。だって007の倍は頭がいいからね」

 ハァ????

 実は『インフォーマント!』はコメディだ。マット・デイモンはソダーバーグの『オーシャン』シリーズでやってきた大ボケ演技に徹し、役作りのために太って、もっさい口ひげを生やし、おまけに頭にヅラまでのっけて笑わせる。マーヴィン・ハムリッシュ作曲の音楽もフザケた007調だ。

 ウィテカーは、『ザ・ファーム法律事務所』で自分の弁護士事務所の不正を告発するトム・クルーズと自分の区別がつかなくなる。興奮しすぎて眠れなくなり、早朝午前3時に庭の枯葉を掃除したりする(暴風雨なのに!)。

 狂っている? そのとおり、実は彼はもともと躁鬱病(双極性障害)だった。映画は彼のモノローグ、心の声で語られるが、その内容にはまったく脈絡がない。日本のブルセラについて語ったかと思うと、北極の白熊について疑問を呈する。「白熊は雪にまぎれて獲物に近づくとき、自分の黒い鼻を隠すんだそうだ。自分の鼻が黒いって、どうやって知ったんだろう。海にでも顔を映したのかな?」

 この男を応援していいのか悪いのか、観客が困っていると、ダメ押しのようにウィテカーはFBIに告白する。「……実は僕、オフショアに幽霊会社を作って、偽の伝票などで会社の金をそこに振り込み、早い話、9億円くらい横領していたんだ。それってマズいかなあ?」

 マズいよ! FBIのエージェントたちは一番大事な証人が全然信用できない男だったことを知って頭を抱える。観客も。

 ADMなど談合に参加した企業は100億円もの罰金を科せられ、責任者たちは3年の懲役刑を受けた。ところがその捜査に協力したウィテカーは脱税やマネーロンダリングなどで、10年半もの刑を宣告されてしまった。

 いちばん困ってしまうのは、病的な虚言癖のある犯罪者ウィテカーをどうしても憎めない点だ。裏切った同僚に対しても「ごめんね」の一言。これっぽちの邪気もない。デブでハゲのおっさんにもかかわらず、童顔のせいもあって、ウィテカーは純粋無垢に見えるのだ。勉強は得意だが倫理観の発達が遅れた少年が、何かの間違いで詐欺師ばかりのビジネス界に引きずり込まれ、周りの真似をしているうちに大変な犯罪をやらかしてしまっただけなのだ。それは机上の理論を信じて金融市場を暴走させ、世界経済を崩壊させたウォール街の頭デッカチくんたちも同じだろう。これからは、こういう悪意なき経済犯罪が増えるだろう。ウォール街の連中は法で裁かれていないが。

 ウィテカーは刑務所でさらに学位を取るだけでなく、他の受刑者に勉強を教えて大卒の資格を取らせたりして模範囚として評価され、2年ほど短い刑期で特赦を受けた。そして、彼を待ち続けた妻と子どもと再会し、今はサイプレス・システムというバイオテクノロジー会社を経営して成功している。

まちやま・ともひろ
サンフランシスコ郊外在住。『〈映画の見方〉がわかる本』(洋泉社)など著書多数。TOKYO MXテレビ(日曜日23時~)にて、『松嶋×町山 未公開映画を観るTV』が放送中。tomomachi@hotmail.com


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