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第2特集
「変態性欲と犯罪」......その危険なカンケイ【3】

法社会学者が徹底検証!「『変態が性犯罪を犯す』のではない!」

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――「治安の悪化はウソ」と喝破し、日本国内の犯罪実態に詳しい法社会学者、河合幹雄氏に、日本の刑法における「性犯罪」の定義、さらにはその内装について話を聞いた。

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強制わいせつの認知件数増加には、「何をもって"痴漢"とするか」の法運用の変化や、女性警察官の配置によって被害届を出しやすくなったことなどが影響しているという。
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──そもそも日本の刑法上、「性犯罪」とは、どんな犯罪を指すんですか? また、その発生件数はどのように推移しているんですか?

河合幹雄(以下、) 『犯罪白書』の統計では、性犯罪の主要な罪名として、「強姦」「強制わいせつ」「公然わいせつ」「わいせつ物頒布等」の4つが挙げられていますが、問題は、それぞれの線引きが非常に難しい点です。たとえば、女性のおしりを触った場合、スカートの上からだと痴漢(迷惑防止条例違反)で、パンティの上からだと強制わいせつになりますが、昔はパンティの中に手が入らなければ強制わいせつになりませんでした。法の運用が変わったんですね。1998年から03年の間、強制わいせつの認知件数が2・5倍近くまで急増したのには、そういう線引きの変更が大きく影響しているわけです。

 また、近年、痴漢や強制わいせつの認知件数が跳ね上がったのには、女性の警察官が主要駅に配置されたことで、被害届を出しやすくなったことも関係しています。

──認知件数が増加したからといって、単純に性犯罪が増えているとはいえないわけですね。

 そうです。おそらく、痴漢や強制わいせつの実数や手口は、昔からさほど変わっていないでしょう。それよりも、季節による変化のほうがずっと激しい。痴漢や強制わいせつといえば、夏に多く冬に少ないと思われがちですが、実際には8月が一番少ないんです。これは、夏休みで電車が混雑しない上に、女子学生が制服を着ていないからです。露出度はあまり関係ないんですね。

 強姦の認知件数の推移についていえば、興味深いことに、56年の売春防止法の施行と同時に激増しています。これには、売防法施行に合わせて取り締まりを強化したからという側面がある一方で、データの裏付けはありませんが、性欲の発散の場がなくなったからという別の側面があったと考えられます。それは、その後経済的に豊かになり、また、合法風俗産業が発展したことも影響して、認知件数がどんどん減少していったことからも明らかです。00年頃に増加に転じたのは、先ほどの痴漢の話と同じく、被害者が希望すれば、対応する警察官に女性を選べるなど、被害を訴えやすい環境が整えられたことが一因です。また、昔と比べ、強姦被害を語ることに対する社会的な抵抗感が下がったという面もあるでしょう。要するに、統計で強姦の実数を計るのはまず無理ということです。

──では、一般に信じられている「性犯罪は再犯率が高い」という説の妥当性については? 04年の奈良小1女児殺害のような事件が起こるたびに、メディアなどで繰り返し主張されますが......。

 問題は、どの程度なら「再犯率が高い」ととらえるかですよね。強姦と強制わいせつの同種犯罪の再犯率はともに10%前後で、傷害や恐喝、窃盗などの20%前後と比べれば、むしろかなり低いともいえます。下着泥棒(窃盗罪)や覗き(住居侵入罪)など、実際には性犯罪なのに、性犯罪としてカウントされていないものもありますので、実際の再犯率はもう少し高いと見るべきですが、それを考慮しても、ほかの犯罪より特に高いということはないと思います。

 ただ、例外として、強制わいせつのうち、男性が男性を襲うタイプのように、繰り返されることの多い性犯罪があるのも確かです。これは世界共通の傾向で、加害者の多くは、幼少時に性的虐待の被害者になった経験があるとされています。

──では、性的倒錯と性犯罪の関係は? たとえ特殊な性癖の持ち主でも、大半は犯罪に走ることなどなく、善良な社会生活を営んでいるわけですよね。

 強姦や強制わいせつというと、普段抑えている性衝動を発散する行為だと考えられがちですが、その大半は、実はそうではありません。ただ性欲を発散したいだけなら、どんな性癖であっても、AVを観るなり風俗店に行くなり、いくらでも方法はあるんですから。たとえ、71年の1年間に8人の女性を殺した大久保清のように、相手が強く抵抗しないと勃起しないとか、相手が素人でなくてはダメだとか、そういう性的倒錯を抱えているからといって、現実の強姦に走る者はまれです。刑務所に収監されている小児性愛の性犯罪者を見ても、単に性欲を抑えられず、ついに女の子に飛びかかってしまったというケースは、まったくといっていいほど存在しません。性犯罪とは、性欲の多寡や、性癖の正常・異常とは関係なく、なぜかやってしまう別の要因のせいで起きています。つまり、変態だから性犯罪を起こすのではなく、性犯罪を起こした者はすべて変態である、ということなんですよ。

出所後のGPS機器の装着は性犯罪者には案外好評!?

──では、そうした性犯罪者に対し、有効な再犯防止策はあるのでしょうか? まず、06年から実施されている性犯罪者処遇プログラムについては?

 ほんの少しでも効果があれば有用であるとするならば、間違いなく有用ですね。ただし、ある程度の効果が期待できるのは、比較的軽症で、自分でも止めたいのに止められない、という者に限られます。逆にいえば、重症の者ややる気のない者にはまったく効き目がないということです。これは、同様のプログラムを長年実施してきた海外のデータから明らかです。

──昨今日本でも、海外のように、性犯罪者へのGPS装着や化学療法を導入すべきだという議論が活発化していますが。

 GPSの装着というと、いかにも非人道的なイメージがありますが、意外にも海外では、はめられる当事者には非常に好評なんですよ。考えてみれば当然で、以前であれば当分刑務所の中にいなければならなかった者でも、GPSをつけることで仮釈放されるようになったんですからね。

 有用性に関しては、性犯罪者処遇プログラムと同じで、自分でも再犯を恐れているタイプにのみ有効です。結局のところ、確信犯は閉じ込めておく以外どうしようもないんですよ。

 化学療法については、なぜ海外であんな制度が許可されているのか信じられない、というのが率直な感想です。体罰の禁止されている日本では、どう憲法解釈しても導入は無理でしょうね。

──となると、性犯罪の予防や再犯防止に最も有効な方策とは?

 性癖は変えられないし、思想や信条の自由という観点からも、変えようとしてはいけないもの。これは基本中の基本ですから、それとどう共存するかが大切です。かつて日本は完全雇用制で、いわゆる「9時5時」の時間帯には大人の大半は働いていました。昼間、学童が外を一人で歩いてもまず安全だったのはそのためです。日本はもともと、人間そのものを変えるとか自制心で抑えさせるとかという発想ではなく、「被害者と加害者を出会わせない」という社会システムによってこそ、犯罪の防止に成功してきた国なんです。

 それから、防犯というと、コミュニティの外部から侵入してくる人間を見張るというイメージがありますが、性犯罪の多くは、実は内部に住む人間によって行われます。その意味で、地域コミュニティの再生は、防犯の要といえるでしょう。これから性犯罪を行おうと家を出た人間が、「どちらまで?」と隣人にひと声かけられるだけでハッと我に返ることもある。犯罪の実態を眺めてみたとき、実はその多くは、そうしたことだけで防げてしまうような種類のものなんです。

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河合幹雄(かわい・みきお)
1960年生まれ。桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)。京都大学大学院法学研究科博士課程修了。社会学の理論を柱に、比較法学的な実証研究、理論的考察を行う。著作に、『日本の殺人』(ちくま新書)や、「治安悪化」が誤りであることを指摘して話題となった『安全神話崩壊のパラドックス』(岩波書店)など。


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