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第1特集
犯罪に手を染めた若者たちのリアル

闇社会の悲哀をリリックにのせる “ハスラー・ラップ”という哀歌

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──ここ数年、国内で盛り上がっている、「ハスラー・ラップ」と呼ばれるジャパニーズヒップホップのスタイルがある。ドラッグ・ディール体験など犯罪的内容をリリックにするというが、その"詞"と"裏社会"のつながりについて、音楽ライター・磯部涼氏に話を訊いた。

 日本の音楽シーンでは、不安定な時代だからか、「大丈夫だよ」とか「頑張れ」と語りかけるコブクロや絢香のような向精神薬/精神安定剤──つまり合法ドラッグ的な曲がヒットしています。一方で、数年前からアンダーグラウンド・ヒップホップのシーンでブームとなっているハスラー・ラップでは、違法ドラッグ売買をはじめとした闇社会を扱ったリリックを耳にすることができます。

 この通称となっている「ハスリング」とはドラッグ・ディール(麻薬取引)を指すスラングですが、正確には商売のこと。なるほど裏稼業ではあるけれど、あくまで商売についてラップし、別に犯罪を推奨してはいません。そのラッパーの多くはもともと不良少年で、金儲けの手段としてまずドラッグ・ディールを選びますが、そこでの儲けを元手に自主レーベルを設立するなど、音楽を商売にする方向へ進む。つまり、いかに儲けるかという考えが根本にあります。そして最終的にはテッペン(天下)を取ることを目指す。そうしたストレートな上昇志向は、ブームとなったIT系の起業家と通じるようで、サイバーエージェントの藤田晋社長が日本語ラップを好きなのも納得です。

 そんなハスラー・ラップは、一昨年テレビ番組の『リンカーン』(TBS)に練マザファッカーが出演したことで、お茶の間とも接触しました。しかし今年1月にリーダーD・Oの音楽事務所〈D・OFFICE〉にいた力士の若麒麟が大麻取締法違反で逮捕、D・O自身もその後コカイン所持で逮捕され、悪い意味でも注目を集めました。また、そのせいで事件直後にエイベックスから出るはずだったD・Oのアルバム『Just Ballin' Now』が発売中止に。僕はこの作品をプロモーション時期に聴きハスラー・ラップ・ブームの決定打だと思いましたが、その内容については後述します。

ところで、日本語ラップで犯罪的リリックが登場したのは最近で、まず前提としてZEEBRAについて話す必要があります。彼といえばDragon Ashの「Grateful Days」(99年)でフィーチャリングされ、「俺は東京生まれHIP HOP育ち/悪そうな奴は大体友達」というリリックは当時誰もが口ずさめるほどでしたが、あそこで彼が歌いかけている対象は、「悪そうな奴」という漠然としたくくりのため、ちょっとした不良が聴くと「俺のことか」と思う。そもそもZEEBRAは祖父がホテルニュージャパンのオーナーだった横井英樹という上流階級育ちですが、初期の日本語ラップのアーティストには、比較的裕福な層が多い。そんな彼らがシーンを拡大するために、漠然としたヤンキー層にマーケットの目を向けた1曲目が、ZEEBRAのシングル『MR. DYNAMITE』(00年)だったんだと思います。そういう「奴」が聴き始め、日本語ラップは発展し、身近な犯罪もリリックにするラッパーが出現したのではないでしょうか。

シンナー、コカインそしてヤクザの日常

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 それを裏づけるように、06年に1 stアルバム『Rob The World』を発表したANARCHYは、少年院の娯楽室のテレビで放送されていた『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』(フジ)で『MR.DYNAMITE』を歌うZEEBRAを観て、ラッパーになる決意をしたそうです。彼の送った半生は自叙伝『痛みの作文』(ポプラ社)に書かれています。

 彼の生まれ育った京都の向島団地という地域は、近くにあるシンナー工場で働く労働者の街ですが、シンナー中毒者が多くいたようで、"シンナー団地"とも呼ばれていたといいます。ANARCHYはそうした生い立ちとともにドラッグ・ディール体験もリリックにしている。このとき日本語ラップは、ZEEBRAのような限られたコミュニティから地方のヤンキーたちへ階層が移動したのです。


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 ANARCHYほどの下層階級ではないけれど、新宿を拠点とするMSCは同時代の世知辛い若者の状況について歌っています。少し前ですが03年の『Matador』は衝撃的で、イラン人の売人をビール瓶で殴るエピソードが描かれている。そこまでバイオレンスなリリックは彼らが初めてのように思います。しかし、ホワイトカラーのZEEBRAはいわば偽悪的でしたが、MSCの場合はそれが日常の風景になっているようなリアリティがある。


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 そして、ハスラー・ラップのブレイクスルーな作品がSEEDAの『花と雨』(06年)。彼はそれ以前も曲をリリースしていましたが、どこでライヴをしているのかファンにもつかめない謎のラッパーでした。要はプッシャー(売人)として精を出していたからなのですが、「仕事」に支障をきたすからか、その頃はハスリングのリリックはなかった。ところが『花と雨』ではハスラーを引退した自らの半生を振り返っています。ハスリングはカッコよく聞こえる言葉ですが、所詮はヤクザの小間使い。ヤクザから1万円で買ったブツを1万3000円で売りさばくようなしょっぱい商売を、ブルーワーカーの象徴として私小説風に表現している。それが描き方として新しく、彼のフォロワーは多いです。


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 そんなSEEDAの影響を強く受けたNORIKIYOは、『EXIT』(07年)でまさに闇社会からの出口が見えずにいるハスラーの姿を表現しています。彼は神奈川県の相模大野のラッパーで、ここではバックパックに「ネタ」を詰め込み小田急線の終電に乗り込む描写がある。つまり、新宿で売るということですが、自宅が相模大野のためタクシーでも簡単には帰れない。そうした後戻りできない感が詩的に演出されていますね。


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 プッシャーの描写はないですが、BESのラップにはコカイン摂取のエピソードが頻出し、ドラッグのダウナーな側面が描かれています。『Rebuild』(08年)という作品では自分や他人を勘繰る言葉が多く、それらはドラッグの副作用であるバッド・トリップといえますね。冒頭で向精神薬/精神安定剤としてのJポップについて触れましたが、ドラッグも同様のサプリメントと言えないでしょうか。現実がつらいから、それに頼ると。そのことを彼は真っ正面から書いているのです。


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 ここまで紹介したハスラー・ラップがある一方で、湘南乃風やET-KINGといった人生応援歌的な売れ線ラップ/レゲエも同時代に存在しています。発売中止になったD・Oの『Just Ballin' Now』は、不良→ヤクザの見習い→ラッパー→実業家と転身した自らを自伝的に描いた内容で、ドラッグに関するリリックも多いですが、そうした応援歌ラップがハスラー・ラップに同居しているといえるでしょう。ZEEBRAがヤンキーに対してラップしたように、闇社会のみならず不安定な労働に翻弄される不良たちに向けてハスラー・ラップを拡大解釈しているのです。それがとても感動的で、日本のヒップホップの状況を更新し得る作品だけに、ドラッグをめぐる事件で発売中止になったのは皮肉で残念。ただ年内に自主リリースを予定しているそうで、世に出る日を待ち望んでいるファンも多いはずです。
(構成/砂波針人)

磯部涼(いそべ・りょう)
1978年生まれ。ライター。執筆内容は多岐にわたるが、日本のアンダーグラウンドなダンス・ミュージックや日本語ラップについて書くことが多い。著書に『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』(太田出版)がある。


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