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第1特集
嫌いだからこそわかる「村上春樹」の正しい読み方【3】

文芸評論家、渡部直己と小谷野敦に直撃! 「私が村上春樹を嫌うワケ」

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――かねてから春樹に対する苦言を呈してきた文芸評論家の渡部直己と小谷野敦。両氏に"嫌う理由"を徹底的に聞いた。

春樹の物語は「モテないヤツの妄想」にすぎない

渡部直己
(文芸評論家、 早稲田大学文学学術院教授)

 ひと言で表すなら、村上春樹は「最良の読み物だが、最悪の文学」。文学には、読者の考え方や感じ方、行動を変える力がある。今までの自分を変えてしまうそんな「事件」に晒されても、なお接したくなるものが文学です。 一方、読み物は、読者を楽しませるだけで、何も変えはしません。

 では、村上作品を読んで何かが変わるか? 何も変わらない。むしろ、その変わらなさを肯定してくれる。適度に自尊心がありながら、進んで現状を切り開く勇気のない卑小な人間を「君の苦しみや孤独感は、全部そのままでいいんだ」と慰めてくれる。多くの人は事件にまみれる勇気がないから、そこに、村上の人気があるんでしょう。一応、上手なディテールや文体や構成は持っているので「最良の読み物」のひとつとは言える。

 ただし、単なる読み物にもかかわらず、"文学の顔"をしてしまう村上の害悪は見過ごせない。村上は、社会や人間の邪なものや危険なものを無視はしない。『アンダーグラウンド』(講談社)ではオウム真理教、『1Q84』ではDVや新左翼のカルト化など、いかにも「事件」めいたものとリアルに接しているように見せかけます。しかし、あくまで「ちょこっと触れる」だけ。何ものかに近づくフリをして、巧妙に回避してしまう。村上作品には「何かとても○○なもの」という黙説的表現が多用されます。文学は、この「何か」を直視するから、読者や社会を変えられるはずなのですが、村上作品では「何か」の正体が正面から描かれることは決してない。『アンダーグラウンド』でも、「事件に迫る」と言っておきながら、その実、中身がない。あれはまあ、一種の結婚詐欺のようなものですよ(笑)。ただ一応、事件に触れてはいるから、読者も考えた気になれる。これも人気の理由ですが、だからこそ「最悪の文学」なんです。読者は「考えるフリ」をすることで満足し、真の意味で事件に向き合わなくなってしまう。

 それと、老婆心ですが、村上にはまるとモテませんよ(笑)。ほとんどの作品に、自ら作り上げた繭に閉じこもる主人公と、そこへ近づいてきた女とが極めて通俗的なセックスをするシーンが登場しますよね。そして、主人公は冷めたフリをしつつも、実は喜んでいる。こんなもの、モテないヤツの妄想です。本来、愛とは文学のようなもの。それこそ、事件としての他人と触れあうことですから。自らの繭を突き破って変わりながら相手と接するから、愛が生きられる。何も変わらない繭の中で都合のよく処理できるセックスなんて、単なるオナニーの変形にすぎません。モテたいなら、「本当の文学」にまみれて自分を開き変えていくべきです。中上健次やバタイユやジュネなど、強烈で、しかも事件に満ちた性愛を鮮やかに描く文学は、少ないながらも確実に存在しているんですから。
(談)

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渡部直己(わたなべ・なおみ)
1952年、東京生まれ。早稲田大大学院修士課程修了。著書に『不敬文学論序説』(ちくま学芸文庫)、『メルトダウンする文学への九通の手紙』(早美出版社)など多数。



セックス依存の女にでも引っかかったんでしょう

小谷野 敦
(比較文学者)

 私は村上春樹批判の急先鋒と見られがちですが、実は、春樹なんて「もうどうでもいい作家」です(笑)。大江健三郎や宮崎駿などと同じ「格上げされた作家」になってしまっている。もはや"現役"の作家ではない以上、批判する気になれないんです。

「売れている」というのも一種の錯覚ですよ。『1Q84』が発売数週間で100万部のヒットといっても、『人間革命』ほど売れているわけじゃない(笑)。作家個人の既刊の通算発行部数を比べても、司馬遼太郎や松本清張の方が売れているはずです。つまり、「大衆物ではもっと売れている人がいるが、純文学であれだけ売れる人はいないからスゴい存在に見える」というトリックが働いているんですよ。

 確かに村上春樹には通俗的な上手さはあります。『ノルウェイの森』のピアノレズ少女に見られるホラー要素、あるいはカート・ヴォネガットのようなSF的要素を巧みに取り込み、純文学に仕立てた上に、サービス的なセックスシーンも忘れない。さらに、『ねじまき鳥クロニクル』では、ノモンハン事件も扱って歴史的な問題にも迫ってみせる。そして、日本にアメリカ的なライフスタイルや恋愛観を持ち込んだ。「恋人同士であれば、結婚しなくてもセックスをしてもいいんだ」ということを常識化させたのは、村上春樹の最大の仕事と言ってもいいかもしれない。それまでも、そういうムードはあったものの『ノルウェイの森』が出た87年以降、確実に価値観が変わりましたよね。

 ただ、やっぱりそれは20年前のことなんですよ。それに、私は以前、その『ノルウェイの森』について「(登場人物の)直子のようなフェラチオしたがる女などいるものか。そうやって恋愛が誰にでもできるかのような幻想を与えるから、現代文学や社会が恋愛幻想に取り憑かれるんだ」と批判しましたが、改めて考えてみるに、実際、直子のような女が村上春樹の周囲にいたのかもしれない。むやみにセックスしたがる精神を病んだ女って、確かにいますからね(笑)。「作家は面倒なファンにつきまとわれることも少なくないし、村上もそんな女に引っかかったことがあるんだろうなぁ」と想像したら、そんなに腹が立たなくなりました。我ながらヒドい物言いですが(笑)。

 プライベートが謎に包まれた隠遁型の作家ですが、実はつらい人生を送っているのかもしれませんね。『ねじまき鳥クロニクル』で主人公の奥さんが出て行ったエピソードも、実際に村上自身に起こったことかもしれません。

 作家としては、評価も確定し、今後おそらくノーベル文学賞も獲るはずです。ただ、まるでうらやましくないし、以前のような怒りすらわいてこない。ただただ「村上春樹にはなりたくないなぁ」と思えてしまうんです。

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小谷野 敦(こやの・とん)
1962年、茨城県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科比較文学比較文化専攻博士課程修了。学術博士。今年4月より、大人のための人文系教養塾「猫猫塾」を開校。著書に『美人作家は二度死ぬ』(論創社)など多数。



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