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第1特集
"オトク"な刑罰はどっちなの? 禁断の"死刑の経済学"入門【3】

法社会学者の提言 日本に終身刑を導入すれば、超高コスト刑務所が誕生する!!

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――死刑・無期懲役刑のコストについて、そして一部識者によって叫ばれている「死刑廃止・終身刑導入」に対するコスト分析について、刑事罰の実態に詳しい河合幹雄氏に話を聞いた。

──まず、死刑囚・無期懲役受刑者の収監コストについて教えてください。

河合幹雄(以下、) 大枠の予算はともかく、詳細は公表されていないので、正確な数字はわかりません。せいぜい、矯正局予算を収容人員数で割ると1人年間約300万円になる、というくらいのところまでです。その中で唯一、当局によって詳しく発表されているのは、受刑者1人当たりの収容費です。これには、上からの締め付けで、食糧費や光熱水料などをきっちり管理しないと、現場で好き勝手に使われてしまうから、という内部統制的な意味合いがあると思います。

──常識的に考えれば、死刑囚や無期懲役受刑者の収監コストは、受刑者全体の平均より高くつきそうですが、実際のところは?

 私もそれを知りたくて、刑務所の幹部や現場監督に取材しました。彼らの話によると、死刑囚や無期懲役受刑者だからといって、一律に特別扱いするということはないらしい。むしろ個人差が激しく、完全に個別に対応しているようです。当然、暴れる者や自殺しかねない者などに対しては、刑務官が相応の注意を払わなければならないので、経理上には表れなくても、平均よりコストがかかっているといえるでしょう。

──捜査費や裁判費用、死刑執行にかかる費用なども非公開ですが……。

 捜査費で明らかになっているのは、「3億円事件」など、一部の有名事件だけですね。ただ、死刑執行に際しては、やはりそれなりの費用がかかっているようです。法務省刑事局総務課長が、死刑執行起案書(死刑執行命令書のもとになる文書)を書くに当たっては、必ず全証拠を吟味し直さなくてはならないのですが、ある法務省幹部の話によれば、無期懲役刑事案の何倍も丁寧に再吟味する必要があるため、コストがかさむそうです。エリートである刑事局総務課長の高給の大半は、その作業のために支払われている、というのが業界の通説です。

──米国で、経費削減のために死刑を廃止しようとする動きがありますが、この考え方は、日本にも適用できるのでしょうか?

 常識的な感覚では、死ぬまで面倒を見なければならない終身刑のほうが、死刑より高くつきそうなものなのに、実は逆だ、というのは興味深い試算ですね。ただし、日本においても、死刑のコストのほうが、終身刑化している無期懲役刑より高いかといわれると、微妙なところでしょう。というのも、米国では、死刑冤罪が数パーセント~十数パーセントもあるといわれ、昨今、国内外から激しい批判を浴びています。そのため、死刑判決の出そうな事案に関しては、多大なコストを費やして、国選弁護人の数を増やしたり、執拗な鑑定作業を行ったりしているという、日本と異なる事情があるからです。

無期囚は"きちんと"釈放すべきである

──では、超党派の議員連盟などが導入を提唱している「仮釈放のない終身刑」について、コスト面を絡めて分析してください。

 いうまでもなく、死刑を除く日本の司法の全システムは、受刑者を更生させて出所させるという前提で作られています。そこへ、懲罰のために死ぬまで閉じ込めておくという異質な刑罰を導入すれば、システムが根底から覆されてしまいます。また、終身刑受刑者の気持ちになって考えれば、いつか釈放されるという一縷の望みさえなく、これ以上刑が重くなることもないのだから、おとなしくしている道理がありません。刑務官を殴ろうが、作業をサボろうが怖いものなし、無敵の状態です。彼らを抑えるには、間違いなく莫大なコストが必要になります。

──仮に導入するならば、どんな方策が考えられますか?

 とにかく、受刑者をチヤホヤするしかありません。実際米国では、刑務所ごとに待遇に差を設け、素行のいい受刑者の一部は、リゾートホテルのような刑務所に収監されています。しかし、日本の刑務所は、そもそもそういう観点で作られていないし、刑務官にも終身刑受刑者に接するノウハウがないから、新たに終身刑受刑者専用の施設を建て、刑務官の再教育もしなくてはならない。介護や看取りなど、刑務官の負担が大幅に増すだけでなく、以前なら死刑や無期懲役刑になったような事案にも終身刑判決が下されて、新刑務所はすぐに満杯になるでしょう。議連の提唱する「仮釈放のない終身刑」には、そういうリアリティや具体的な方策が欠けているのです。

──ただ、終身刑を導入するなら、死刑を廃止してもいい、という人は多いといわれています。たとえ30年後でも、凶悪犯が刑務所から出てくるのは怖いから、最も重い刑罰が無期懲役刑になってしまうのは嫌だ、と。

 私は、無期懲役受刑者の一部については、きちんと出所させるべきだと思います。当局が自信を持って仮釈放できる本当に改心した者や、明らかに冤罪で収監されている者は、少数ながら確実にいるからです。しかも、日本の無期懲役刑の仮釈放システムは、現状、非常にうまくいっている。例えば、95年に無期懲役刑で仮釈放中だった者は602人で、再逮捕されたのはそのうちの14人、しかもその半分は交通関係です。ただし、また殺人を犯した者も2人いるのですが、海外の仮釈放者の統計と比べれば、奇跡的な成功と見るべきなんです。

 むしろ本当は、10年程度で仮釈放された長期刑受刑者のほうがよほど怖いのです。想像に難くないことですが、無期懲役刑で30年も収監された受刑者の多くは、刺激に乏しい長期間の生活や年齢により、はっきりいって、犯罪を実行する能力の大半を失っています。高さ4メートル半の刑務所の塀どころか、数十センチの段差すら越えられない、というのが実情なのです。

──つまり、現状のように"実質的な終身刑"として無期懲役刑を運用し続けるほうが、実際に終身刑を導入するよりも、メリットがあると。

 そう。ほぼ絶対当たらないのに、みんな宝くじを買うのと一緒で、仮釈放というわずかな希望があるから、無期懲役受刑者も、それを監督する刑務官もやっていける。可能性が限りなく0パーセントに近くても、完全にゼロでないことがきわめて重要なのです。

 コストの話に戻すと、社会と断絶している仮釈放者を監督しサポートするという、保護司の果たす役割は非常に大きいわけですが、彼らのほとんどはノーギャラです。これまでの日本の社会は、彼らにきちんとした形で金を払ってきませんでした。せめて、受刑者の収監費用の3分の1でも、仮釈放者を一生懸命に支援している保護司に支払うべきだ、という議論がむしろあってもいいと思いますね。

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河合幹雄(かわい・みきお)
1960年生まれ。桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)。京都大学大学院法学研究科博士課程修了。社会学の理論を柱に、比較法学的な実証研究、理論的考察を行う。著書に、『体制改革としての司法改革』(信山社出版、01年)や、「治安悪化」が誤りであることを指摘して話題となった『安全神話崩壊のパラドックス』(岩波書店、04年)などがある。


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