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連載
佐々木俊尚の「ITインサイド・レポート」 第13回

またしてもガラパゴス化一直線! 閉塞を加速させるモバイルテレビ

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──2011年、アナログ波が停止し、日本のテレビは完全にデジタル化される。アメリカでは、すでに移行が始まった。そこで今過渡期を迎えているのが、空いた帯域を利用したモバイルテレビ放送。しかしこの分野でも、日本は世界の潮流が読めないようで......。

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ガラパゴス島の生き物たちは、世界規格のモバイル動画を夢見る......か!?

 ケータイサービスの中でも、動画はキラーコンテンツだ。今はまだワンセグで地上波と同じ番組を見られるだけだが、次世代のモバイルテレビが実用化してくると、HDレベルの画質でなめらかにテレビ番組を見られるようになる。さらに、ケータイのメモリに番組を蓄積保存しておいて、あとからゆっくり楽しむことも可能になる。 リビングのテレビで見るような2時間の映画をパソコンで見ないのと同じように、テレビ番組がそのままケータイ画面上で受け入れられるとは限らない。だからこのモバイル動画は新しい文化を生み出す可能性があり、非常に注目されている。

 アメリカでは今年テレビがデジタル化され、日本でも2011年にはアナログ波が停止し、完全デジタル化が行われる。そこで空くVHF/UHFの帯域を利用して、モバイル向けの新たな放送を行う動きが急ピッチで進んでいるのだ。

 ところが、この次世代モバイルテレビでも、日本はガラパゴス化する可能性が濃厚になってきた。アメリカと日本で、まったく異なる規格が成立しそうな雲行きなのである。

順調だったはずの米モバイルテレビ導入

 次世代モバイルテレビ放送は、通信機器メーカーのクァルコムが主導している。同社が取り組んでいるメディアフロー(MediaFLO)という技術は、VHF/UHFというテレビの電波帯域を使用しており、電波利用効率が非常にインテリジェントに考えられているため、画質がきわめて良い。また、空いた帯域を利用して映像データをケータイ端末のメモリーに保存しておく蓄積型配信サービス「クリップキャスティング」も用意されている。ただ、基本的には無料で放送されているワンセグとは異なり、ケータイ画面で加入させて、有料課金するモデルだ。

 このメディアフローには、アメリカの大手ケータイキャリアであるAT&Tとベライゾンワイヤレスが賛同している。AT&TはアップルのiPhone、ベライゾンワイヤレスはRIM社のブラックベリーを擁しているため、パワーとしては非常に強い。このため、メディアフローは次世代モバイルテレビの標準的な地位を奪うのではないかと思われていた。

劣勢のキャリア各社2強の市場占有へ抵抗

 ところがここに来て、思わぬ伏兵が現れてきた。全米の主要なテレビ局がこぞって参加するOMVC(オープンモバイルビデオ連合)という団体が、新たなモバイルテレビの規格「ATSC Mobile DTV」をこの1月に発表したのである。

 アメリカでは今年、日本に先駆けてテレビがデジタル化されている真っ最中。ATSCというのはこのデジタルテレビの規格で、これをケータイにも適用しようとしているわけだ。日本のワンセグと似たようなものだが、ワンセグよりも画質は高く、高速道路などを移動中でも受信できるというメリットがある。

 このOMVCのモバイルテレビは近々、全米22の都市でスタートする予定だといい、これはテレビの電波到達地域の35パーセントをカバーすることになる。機器メーカーとしてはすでにLGエレクトロニクスやケンウッド、ハリス、サムスンなどが参加しており、1月にラスベガスで開かれた家電の見本市CES(コンシューマ・エレクトロニクス・ショー)でも対応機器が展示された。当初は地上波で放送された番組を日本のワンセグのようにそのままサイマル放送し、地上波と同じテレビCMをただ流すというシンプルな収益モデルになるが、今後は視聴率調査会社のニールセンと組んで、個別の視聴率測定モデルを作り上げることで、より高度で洗練された広告モデルを構築していくことを狙っている。

 これはメディアフロー陣営にとってはかなりの脅威だ。なぜかといえば、アメリカではケータイ端末の購入と通信の契約が完全に分離していて、利用者は自分の好きな端末を量販店で買ってきて、AT&Tやベライゾンなどのケータイキャリアから提供されているSIMを挿入することで自在に使い分けることができる。OMVCのモバイルテレビはケータイの通信帯域を使わず、あくまでも放送電波を受信するだけなので、ケータイキャリアに了解を得る必要はない。機器メーカーと組んで、モバイルテレビが見られる端末をバンバン売ってしまえばいいのである。あるIT系ニュースサイトは「これまでモバイルテレビはほとんど成功しなかったが、今度こそ成功するのではないか」とまで書いている。その理由とは、以下のようなものだ。

「iPhoneでAT&Tに、ブラックベリーでベライゾンワイヤレスに利用者を奪われた。この状況をほぞをかんで見守っていたほかのケータイキャリアは、OMVCが始めるモバイルテレビ端末に、一気に飛びつく可能性があるんじゃないか」

 このモバイルテレビの規格争いは、アメリカのケータイ業界を二分する大戦争になる可能性があるということだ。

ローカル規格で統一し世界に背を向ける日本

 しかし――。

 日本の状況を見ると、アメリカとはまったく異なる事態が進行している。

 クァルコムのメディアフローが先んじて取り組みを始めたのは、アメリカと同じだった。当初はケータイキャリアの中でKDDIとソフトバンクがメディアフローに参加し、これで次世代モバイルテレビは一本化するのではないかとも考えられていたのである。実際、メディアフローは今年1月には沖縄県での実証実験もスタートさせており、着々とプロジェクトは進んでいた。

 ところがここに来て、「ISDBーTmm」という新たな規格が急浮上してきた。これは現行のワンセグの後継規格で、テレビ局や広告企業などが参加する「ISDBーTマルチメディアフォーラム」が推している。ワンセグにはできなかった蓄積型配信サービスなども可能で、ワンセグよりは高度化されている。

 このISDBーTmmとメディアフローのどちらが現時点で優勢なのかといえば、実のところ圧倒的に前者だ。何しろ番組コンテンツを提供するテレビ局と、それに広告配信を行う大手広告企業が軒並み参加している。おまけにケータイキャリア側でも、昨年11月になって、ソフトバンクがメディアフローを離脱してISDBーTmmに移ってしまった。同陣営には、コンテンツから広告、通信インフラというメディアビジネスの上流から下流までのプレーヤーが軒並み参加し、一気通貫のサービスを提供できる準備が整ったわけだ。それに対して、メディアフローにはキャリアのKDDIしか残っていないという寂しい状況である。

 総務省はアナログ波の停波に合わせて、2011年にケータイ向けの「次世代マルチメディア放送」を実用化することを決めており、おそらく規格を一本化させようと考えている。このまま進めば、採用されるのはISDBーTmmだろう。

 だがこのISDBーTmmは、単なる日本のローカル規格でしかない。先ほども書いたように、アメリカではメディアフローとOMVCの規格が戦っており、このどちらか(もしくは両方)が標準的な地位を得ることになっていくだろう。

 日本のケータイはガラパゴス化していると揶揄されて久しいが、この状況は改善されるどころか、さらに閉塞的な方向へと進んでいく。モバイルテレビという大きな市場で孤立してしまうことは、ますます日本のメディア業界を鎖国させる方向へと進ませることになるかもしれない。

知らないとマズい! 佐々木が注目する今月のニュースワード

HD
ハイ・ディフィニション(高解像度)のこと。ハイデフともいう。以前はハイビジョンと呼んでいたが、海外ではHDと呼ばれていることから、徐々にこの呼び方が定着しつつある。

テレビのデジタル化
日本では、現在放送されているアナログ地上波放送、BSのアナログ放送ともに2011年7月に完全終了し、その後はデジタル放送に一本化されることが決まっている。またアメリカでは今年完全デジタル化が行われる予定だが、デジタルチューナーの普及が進まないため、現時点ではアナログ波は停波されていない。今後日本でも同様の問題が深刻化していく可能性があり、2011年のアナログ停波を危ぶむ声もある。

ガラパゴス化
ガラパゴス島の生物になぞらえて、独自の進化を遂げた挙げ句に隘路に入ってしまった状態を指す。日本のケータイ市場は、この状態にあると指摘され続けている。このような隘路に入り込むと、産業が絶滅してしまう可能性もあることから、最近は「タスマニア化」と呼ぶ人もいる。

CES
全米家電協会が主催する世界最大の家電見本市。毎年1月にアメリカのラスベガスで開催される。

ブラックベリー
iPhoneに先駆けてアメリカで普及した、ビジネス向けケータイ。日本のケータイと比べると比較的大きなフルキーボードを持ち、両手でタイプするのに適している。オバマ大統領が愛用していることでも有名に。

蓄積型配信サービス
カンタンにいえば、ハードディスクレコーダーのようにモバイルテレビの番組を録画しておいて、あとから自分の好きな時に見ることができるケータイ用サービス。


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