わたしは貝になりたい
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高須基仁の暴言・放言・妄言録 私は貝になりたい 第75回

『とくダネ!』小倉は、平成の伊能忠敬か!?朝の情報番組ぶった斬り!

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「しゃべるな!」と言われたことを、あちこちでしゃべりまくり、命まで狙われたこともあるというタカス。周囲から怒られる度に「貝になる」と誓うのだが、その放言癖はいまだ健在だ。

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近ごろバラエティ番組によく出ている清原和博
氏。その仕掛け人は、もちろん私である。昨年、
私が加勢し、清原氏を日本航空高(山梨県)や
系列の日本航空石川高(石川県)の部活動指
導者として招へいする件についてこのコラムで
書いたが、その話はまだ交渉中である。

 朝の情報番組について思っていることがある。過去5年間、いちばんチャラチャラしていたのは、小倉智昭の『とくダネ!』(フジテレビ系)だった。ところが、最近『とくダネ!』は報道番組に近いカタさがあり、かつわかりやすく伝えている。たまに鼻につくこともあるが、基本は着眼大局、着手小局、大道無門。小倉は特にスポーツの現場に足を運び、いつの間にかマラソンやサッカーの大家になった。勝者だけでなく敗者に対する目線も持っているところがいい。老いて病を持っても現場に向かう小倉の姿は、60を過ぎても日本全国を歩いて地図を作った伊能忠敬に重なる。

 急性白血病で入院した『めざましテレビ』(同)の大塚範一の志も背負っている気がする。2人が仲がいいとは思えないが、ほぼ同年齢、他局から移ってきた外様という共通点がある。小倉64歳、最後のがんばりである。これは決して礼賛ではない。だが、小倉イズムは評価せざるを得ない。

 テレビ朝日は、かつて『スーパーモーニング』で鳥越俊太郎や週刊朝日前編集長の山口一臣がコメンテーターとして出演していた頃は、ジャーナリスト愛があった。それが、羽鳥慎一の『モーニングバード!』に変わって、バラエティとジャーナリズムのはざまに置かれているような、落ち着きの悪さを感じるようになった。横にいる赤江珠緒はきょとんとし、長嶋一茂やジャーナリストの青木理らのコメントには無理がある。この番組、本当に報道系制作会社のテレビ朝日映像がかんでいるのだろうか。まったく芯が感じられない。

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高須基仁の暴言・放言・妄言録 私は貝になりたい 第75回

2011年は国家による合法的な「いじめ」の年。"忘年"してはダメだ!!

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12月9日、新刊『飲んで暴れて惚れて』(三才
ブックス)発売記念パーティを開催。萌えクィー
ン初代グランプリのほか、河北新報の広報部
長がスピーチをしてくれた。東日本大震災発生
後、彼はすぐに社員の炊飯器を集めて記者の
ために握り飯を作った。「いちばんの仕事をやっ
たと思う」と語っていた。

「しゃべるな!」と言われたことを、あちこちでしゃべりまくり、命まで狙われたこともあるというタカス。周囲から怒られる度に「貝になる」と誓うのだが、その放言癖はいまだ健在だ。

 あっという間に過ぎ去った2011年。「今年の漢字」やさまざまな場面で「絆」という言葉が叫ばれたが、私に言わせれば、11年は「恐喝」の年である。もっとわかりやすく言うと「いじめ」の年だ。

 それを最も象徴している出来事は、強制停電と放射性物質である。原発事故が起こってしまったことは仕方がない。ただ、そのあとで国家が強制執行に近い形で停電を行ったことは、「スイッチひとつでおまえらの命なんか簡単に奪えるぞ」と国民を恐喝したも同然だ。国民は黙るしかない。拡散した放射性物質は「除染している」と言っていたが、除染されたものはどこへ行ったのか。受け入れるところなんかない。絆や倫理、道徳なんてものでは決して解決できない、身もふたもない話である。国家による合法的な国民いじめである。

 縦軸にいじめ、横軸に厭世観。このマトリクスに生きたのが11年。最終的に行き着いた究極のいじめは、子殺しや親殺しである。12月には、大手ゼネコンの会社員が「仕事がうまくいかない」という理由で10階から1歳の子どもを投げ落とした。国家は国民をいじめ、国民は自分より弱い者をいじめるようになった。

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高須基仁の暴言・放言・妄言録 私は貝になりたい 第74回

高校球児よ、見よ!人前で泣く清武ではなく、涙をこらえる清原の姿を。

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対談で、清原が野球界に戻りたがっていることはよくわかった。
だが、プロ野球は難しいだろう。野村克也監督は、サッチー騒
動で阪神の監督を実質クビになったあと、すぐにシダックスの
監督に就任した。心の不良少年、清原よ、ノンプロでもいいじゃ
ないか。その生き方を学生たちに見せてほしい。

「しゃべるな!」と言われたことを、あちこちでしゃべりまくり、命まで狙われたこともあるというタカス。周囲から怒られる度に「貝になる」と誓うのだが、その放言癖はいまだ健在だ。

 11月下旬、「スポーツ報知」の裏一面で、清原和博が高校野球の指導者として招へいされていることが報じられた。アプローチしているのは、甲子園に春夏計6度出場した日本航空高(山梨県甲斐市)や日本航空石川高(石川県輪島市)を運営する、学校法人日本航空学園である。部活動部門を統括するGM(ゼネラルマネージャー)のほか、校長として招く可能性もあるという。実はこれ、私が加勢していることである。

 清原とはサイゾー10月号の対談で久しぶりに会った。あの時、私はあらためて清原のことが好きになった。18歳、ドラフト会議直後の会見で涙目になった清原。41歳、引退会見で涙目になった清原。しかし、決して涙は流さなかった。いつも奥歯をかみしめ冷や汗と脂汗を流し、涙をこらえて耐えていた。ひとりぼっちで戦うガキ大将である。

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高須基仁の暴言・放言・妄言録 私は貝になりたい 第73回

パイパン礼賛文化は、反逆者を徹底排除する感覚に通じている!

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10月21日、「第11回熟女クイーンコンテスト」が開催された。
ゲストは官能小説家の丸茂ジュン、パントタイマーの中村有
志ら、会場には約250人の熟女ファンと高須マニアが集まっ
た。審査員長のやくみつるが「"熟女の土俵際のしぶとさ"と"熟
女の反骨心"に乾杯」とコメントしたことが印象的だった。

「しゃべるな!」と言われたことを、あちこちでしゃべりまくり、命まで狙われたこともあるというタカス。周囲から怒られる度に「貝になる」と誓うのだが、その放言癖はいまだ健在だ。

テレビで男子の「世界体操」を見ていて、ふと思った。金メダルを取った内村航平選手のワキ毛が濃い。欧米の選手や中国の選手を見ると毛がない。ワキ毛ボーボーなのは日本人選手だけ。記録より点数より、ワキ毛が気になって仕方がなかった。

 昔はショーン・コネリーなど、胸毛が濃いハリウッド俳優が大勢いた。長嶋茂雄も濃くて「胸毛の長嶋」と呼ばれていた。胸毛は男の肉体美のひとつとされていたのだ。私も4〜5本生えている。しかし、最近は胸毛の生えている俳優は見たことがない。ブラピもツルツルである。剃っているのか自然に生えなくなったのかはわからない。ヒゲも昔より薄い男が増えた気がするので、俗に言う「草食化」と関係があるのだろうか。男性が女性化しているというのか。いや、私は自分で処理しているのではないかと思う。

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高須基仁の暴言・放言・妄言録 私は貝になりたい 第72回

ビートたけしが過去の暴力団との交際を告白 これぞ傾奇者の究極だ

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「しゃべるな!」と言われたことを、あちこちでしゃべりまくり、命まで狙われたこともあるというタカス。周囲から怒られる度に「貝になる」と誓うのだが、その放言癖はいまだ健在だ。

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写真は、09年に会食したときのツーショット。ところで「AERA」
(朝日新聞出版)10月3日号に元経産官僚・古賀茂明氏の「日
本はやくざ国家ですよ」という記事が載っていた。古賀氏の著
書の売り上げは合わせて約80万部。税金で仕入れた情報を
売って印税はすべて自分の懐に入れるなんて、あんたこそや
くざだ!

 島田紳助の引退騒動後、ビートたけしは「週刊文春」(文藝春秋)や東京スポーツで自ら「暴力団との交際」を語るという方法に打って出た。

 10月1日、暴力団との交際を禁じる暴力団排除条例が東京都でも施行された。当局の芸能界への対処の方法には2つある。ひとつは、タレント個人を引退に追いやる紳助式の方法。もうひとつは、プロダクションごと取り締まる方法である。しかし、芸能界の歴史から見て、直接・間接含め、暴力団と付き合いのないプロダクションは基本的にない。100人芸能関係者がいたら、100人アウト。交通違反と同じ、当局に目を付けられた者が餌食だ。

 考えてみてほしい。普通に生きてきたら、人を商品として切り売りするプロダクション経営をしようとは思わないだろう。常識、道徳、倫理を逸脱し、世間から差別区別された者が集まって構成している世界、それが芸能界である。

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高須基仁の暴言・放言・妄言録 私は貝になりたい 第71回

高須逮捕の怪情報が業界内を駆け巡る! 容疑はアソコにあり!?

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「しゃべるな!」と言われたことを、あちこちでしゃべりまくり、命まで狙われたこともあるというタカス。周囲から怒られる度に「貝になる」と誓うのだが、その方言癖はいまだ健在だ。

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6月末、私が毎年審査委員長を務めている「日本・パラオ
国際親善大使プリンセス」選考会が行われた。例年にも
増して、粒ぞろいで選考は難航するも、いい子を選べた。
日本のために南洋・パラオで散った第二次大戦の戦没者
たちに、彼女たちの笑顔を届けることも、女衒である私
の重要な仕事だ。

 業界内で、私が近々逮捕されるという情報が流れている。聞きつけた新聞記者たちから、次々に確認の電話が入った。サイゾーにも共同通信から問い合わせがあったそうだ。この情報が流れてすぐさま私は、メディアの重鎮が集まる恒例の「モッツハリマオ会」をはじめ、マスコミ各社の社長や編集長、記者らに次々と会い、次のように説明した。

「逮捕の容疑は、さまざま思い当たる。風営法違反、傷害、恐喝、強要、詐欺に近いこともあるだろう。だが、一つひとつ私なりの理由があるので、当局の一方的な情報は信じないでほしい。未成年に対しての淫行条例違反は絶対にない!」

 6月7月だけで、合計600人近いメディア関係者と会った。弁護士団も結成し、打つべき手は打った。

 なぜ私が狙われているか、それははっきりしている。"エロ"である。

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高須基仁の暴言・放言・妄言録 私は貝になりたい 第70回

再就職先と名誉を得ようと必死なシニアボランティアの代表・山田氏に吠える!

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70年安保のジジイが、60年安保のジジイに吠える!  反原発
がベースにあるなら、市井の人として行くだけでいいではないか。
黙って行くつもりだったが、もう黙っていられない。老いてもなお
名誉をほしがる山田は、インチキの極みだ!

「しゃべるな!」と言われたことを、あちこちでしゃべりまくり、命まで狙われたこともあるというタカス。周囲から怒られる度に「貝になる」と誓うのだが、その方言癖はいまだ健在だ。

 3月、私の大学の先輩にしてブント(共産主義者同盟)叛旗派の指導者だった評論家の三上治氏から連絡が入った。福島第一原発事故についてだった。三上氏は言った。

「高須、俺たちは反戦平和を唱え、自衛隊は違憲であると主張してきた。しかし、この事故に当たり、自衛隊は国民のために懸命に活動している。俺たちが何も行動しないのはおかしいと思わないか」

 私はその通りだとうなずいた。

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高須基仁の暴言・放言・妄言録 私は貝になりたい 第69回

顰蹙は金を払ってでも買え そう語った団鬼六の葬儀に大型バスで乗り込んだ!

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団さんとは、05年に「大人の猥談」と称して、「サ
イゾー」で対談をやった。愛人を売買するって話
が印象的だった。「今まで自分が育ててきた女を、
友人に売るんです。30万でどうだ、とか」(団さん)。
大卒初任給が3万円だった時代の話だ。

「しゃべるな!」と言われたことを、あちこちでしゃべりまくり、命まで狙われたこともあるというタカス。周囲から怒られる度に「貝になる」と誓うのだが、その方言癖はいまだ健在だ。

5月6日、団鬼六が亡くなった。79歳だった。訃報を聞いてすぐに団さんの奥さんにおくやみの電話を入れた。奥さんは演歌歌手の黒岩安紀子さんである。

 告別式は東京・芝公園の増上寺で営まれた。私の元へマスコミ各社から「小向美奈子は来ますか?」との問い合わせ電話がかかってきた。浅草ロック座の斎藤智恵子会長に確認したところ、「行くようだ」というので、その旨を各社に伝えた。

 初め、私の似顔絵入りのドデカいラッピングバスで増上寺に向かったが、大きすぎて山門を通れず、結局車を乗り換えた。席は到着順。開式15分前でも人はまばらで、前から4列目に座った。いちばん前に座ったのは幻冬舎社長の見城徹氏、日本将棋連盟会長の米長邦雄氏、元ポルノ女優の谷ナオミ、愛染恭子、そして小向だった。黒岩さんは「派手な人だったので、派手なところで告別式を開いてあげたい」と言っていたが、最終的に集まったのは300人くらいだろうか。

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高須基仁の暴言・放言・妄言録 私は貝になりたい 第67回

『トラブルなう』で嘘が露呈した久田将義よ、 おまえを全力で守るぞ!

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「しゃべるな!」と言われたことを、あちこちでしゃべりまくり、命まで狙われたこともあるというタカス。周囲から怒られる度に「貝になる」と誓うのだが、その方言癖はいまだ健在だ。

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4月10日、格闘技「HEARTSCRUSH(ハーツク
ラッシュ)」の大会が新木場ファーストリングで
行われ、約500名の観客が集まった。東日本大震
災のチャリティーを兼ねており、大会前に全員で
黙祷を捧げた。5月4日にもチャリティー大会を行
わせてもらった。

「実話ナックルズ」(ミリオン出版)の発行人である久田将義が『トラブルなう』(同)を出版し、そのインタビューが「サイゾー」5月号に掲載された。その中に2つ誤りがある。まずひとつ目、「ヤクザにはとらやの羊羹を持っていけ」というルールをつくったのは私である。それをあたかも自分がつくったように語るのは、インチキの極み。2つ目、私が他誌と久田の雑誌に二重投稿したと言っていたが、事実誤認だ。私は「週刊文春」と「噂の眞相」の2誌に、島田陽子の借金地獄の擁護記事を出したのだ。しかも、それはなんの問題もない。なぜなら岡留(安則・元「噂の眞相」編集長)は金を払わずに記事にした。当時「週刊文春」編集長の花田紀凱氏は10万円ほど出した。にもかかわらず岡留は「独占だと言っていたのに......」と愚痴った。それを久田はどこかで聞きつけたのだろう。編集後記で批判めいたことを書いたので、「おまえは関係ないだろう!」と殴り込んだのである。久田は間違っている。

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高須基仁の暴言・放言・妄言録 私は貝になりたい 第67回

永田洋子も菅直人も、 ところてんのごとく 押し出されたリーダーだ!

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永田を送る会にて。永田の弁護士が言った。「東日本大地
震は犠牲者2万人を超える大惨事となるだろう。だが、死を
数でとらえてはいけない。ひとりでも死は死である」。正
面のテーブルには、永田の棺の写真とそれを乗せた霊柩車、
永田が殺した14名の名を記した楯が置かれた。
(写真提供/週刊金曜日)

3月13日、西馬込で行われた「棺を覆いて―永田洋子を送る会」に参列し、追悼の辞を述べた。

 永田洋子は、1971年に京浜安保共闘の幹部としてメンバー2名の殺害に加担(印旛沼事件)、その後72年にかけて連合赤軍のリーダー格として同志12名に対しリンチを指示、殺害した(山岳ベース事件)。93年に死刑が確定したが、脳腫瘍で倒れ、今年2月、東京拘置所内で死去した。

 送る会に集まったのは、「銀行を襲って(刑務所に)28年入ってました」なんて言っているようなやつばかり。みんな私と同じようにうすらハゲで筋肉質。ジーパンなど平服が多かったが、私はヴェルサーチの喪服を着た。

 衝撃的なことが2つあった。ひとつは、永田は約5年間寝たきりでおむつをしていたので、脚を開いたまま下半身が固まってしまい、棺桶になかなか入らなかったということ。

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